映画批評「脳内ニューヨーク」
2009.11.17 映画批評

公開中の「
監督・製作・脚本:チャーリー・カウフマン 製作・スパイク・ジョーンズ 出演:フィリップ・シーモア・ホフマン、ミシェル・ウィリアムズ、サマンサ・モートン、キャスリーン・キーナー、エミリー・ワトソンほか 上映時間:124分・PG12 配給:2008米/アスミック・エース
ニューヨーク在住の劇演出家ケイデン(フィリップ・シーモア・ホフマン)の結婚生活は破綻し、自身も原因不明の病に冒されてしまった。優柔不断な性格が災いして、新たな恋愛もうまくいかない。そんなある日、ある賞を受賞した彼のもとに多額の賞金が転がり込んだ。人生をやり直す決意をしたケイデンは、多額の費用を投じて、ニューヨークのとある巨大倉庫のなかに、自分が思い描く理想のニューヨークを作り上げて、前代未聞の舞台を上演するプロジェクトに乗り出した……。
情報量の多い映画である。そのことは、主人公家族のある朝を描いた冒頭のシークエンスで早々に証明される。何気ない朝の風景だが、夫と妻と娘の三人は、それぞれ考え事をしながら(しかも複数の)、ときおり思ったことや感じたこと、伝えたいことを口に出す。がしかし、家族全員がひとつの話題に集中することはない。三人が三人とも自分の頭の中のことで手一杯だ。加えて、ラジオの音声やテレビ映像、新聞の記事などにもそれなりのボリュームをもたせて、小さからぬ情報として同一シーン内に放り込む。観客は意識すべき対象を捉えきれないまま、がむしゃらな情報収集作業を強いられる。「易しい映画ではありません」という宣誓のようなシークエンスだ。
メタ中毒気味な主人公が劇中劇をスタートさせてからは、観客は情報処理スピードのアップを求められる。どのシーンが現実でどのシーンが虚構(劇)なのか、映画は確信犯的にその境界線を見えにくくしていく。しかも時間経過を含め、あらゆる説明描写が最小限に抑えられているため、登場人物同士の関係性の変化に追いつくのにもひと苦労だ。ケイデン自身がほかの誰かを演じ、ケイデンに扮するほかの役者から演出されるようになるころには、疲弊した脳の活動を強制終了して、おやすみモードを作動させてしまう人もいるかもしれない。
大量の情報をあえて整理せずに詰め込むことで、物事に対する短絡的かつ一元的な見方に歯止めをかけている点に、この映画のおもしろさがある。聖徳太子レベルの耳(頭脳)でもない限り、この映画の構造や意味を一度で理解できる人はいないと思うが、再鑑賞、再々鑑賞と重ねるうちに、新たな発見や解釈が得られることは間違いない。いや、鑑賞後にふり返るだけでも、見える景色はずいぶんと違うはずだ。いずれにせよ「頭を空っぽにして映画を楽しみたい!」という方にはオススメできない作品である。
監督本人は強く否定しているが、フィリップ・シーモア・ホフマン扮する主人公ケイデンと、本作が初監督となるチャーリー・カウフマンの姿が重なって見えるのは、致し方のないことだろう。チャーリー・カウフマンといえば、「マルコヴィッチの穴」(1999年)や「エターナル・サンシャイン」(2004年)など、奇想天外な物語で観客を魅了してきた天才肌の脚本家である。彼がこれまでにしてきた仕事は、既成概念を打ち崩し、それまでにない価値観を創出するというある種の芸術的な視点に支えられてきた。そんな天才肌と、劇中の悩める天才肌の姿が重なったとしても不思議はあるまい。
そもそもこの映画は、マトリョーシカ人形のような「入れ子構造」を採用している。その最も外側がどこにあるのか? そんなことを考えながら鑑賞してみてもおもしろいだろう。前述した「主人公ケイデン=チャーリー・カウフマン監督」という解釈も、ひとつの見方として排除すべきではないし、あるいは、さらにその外側を探るのも一興であろう。存外われわれも、宇宙さえこしらえたいたずら好きの脚本家や演出家によって、演技をさせられているだけの存在なのかもしれない。この世のミクロからマクロまでを包み込むかのような不思議さをもつ、知的で野心的でイマジネーションに富んだ1本だ。
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