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「天使の卵」

2006.9.9

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10月に公開される村上由佳原作の「天使の卵」の試写。


原作:村山由佳(「天使の卵 エンジェルス・エッグ」集英社刊) 監督:冨樫森 脚本:今井雅子 出演:市原隼人、小西真奈美、沢尻エリカ、戸田恵子、北村想、鈴木一真、三浦友和ほか 上映時間: 114分 配給:2006日/松竹


見終わったあとに、影も形も残らない。かげろうのような映画だった。


映画化するには、あまりにもハードルが高い原作だったのではないだろうか、「天使の卵」は。


難解という意味ではなく、つまり、「天使の卵」は文字作品なのだ。


「映像は映像を喚起させない」と言っていたのは村上龍だっただろうか。一方、文章には映像を喚起させる力がある。


ゆえに文学の映画化は難しいのだと思う。


満員電車のなかで18歳の少年が年上の女性に一目ぼれ。が、実はその女性は、現在少年が付き合っている彼女の姉であった。少年は葛藤に嘖まれながらも、つのる恋情を抑えることができずに、女性に告白を試みるが…。


ありふれたラブストーリー。一目ぼれも、一目ぼれの相手が恋人の身内であることも、10歳近い年の差も、板挟みも、葛藤も、押しつぶされそうな胸の痛みも、嫉妬も、あるいは愛する人の死も。


「現実は小説より奇なり」とは言いえて妙であって、現実世界にあるひとつひとつの恋愛とて、よく観察すれば、ドラマ的な意外性や波乱万丈を多分に含んでいる。


そういう意味で、小説「天使の卵」は、いたって平凡な恋の物語である。


ではなぜ「天使の卵」は100万部を超えるベストセラーになったのだろうか?


それは、登場人物のピュアさと、徹底したセンチメンタルリズムに尽きるだろう。


しかも、村山由佳の筆致にはいい意味で光彩がない。それは文章に格調や流行や前衛を求めようとしない氏のスタイルのようにも感じる。


だが、悪意のないピュアな人間の複雑かつ繊細な内面を、あえて平易な文章で、なおかつストレートにつづることは、思いのほか難しいもの。村山由佳はその芸当ができる数少ない作家のひとりである。


おそらく映画「天使の卵」のスタッフは、村山文学の肌触りをできるだけ残そうと、さまざまな配慮を試みたはずである。


ただ、文学ならではの“行間”や綿密なディテールの積み重ねを、映像作品として変換できていたかといえば、答えはNOだろう。


とくに、簡明な物語の映画の場合、文学的な“行間”に取って代わるものは、やはり俳優の演技力——醸し出す雰囲気、微細な表情、間合い、声音など——に負うところが大きい。それも、よりさり気なくナチュラルな演技力、に。


もちろん主演の市原隼人と小西真奈美は、ふたりとも将来性の高い逸材なのだろうが、ピュアで一途な愛を、十分なセンチメンタルを浸潤させつつ表現する役割を担うには、やや演技力と存在感に物足りなさを感じた(むしろ準主役である沢尻エリカの演技が光っていた)。


皮肉にも、ピュアな人間の複雑かつ繊細な内面を平易な文章でつづるのと同様、その内面をあえて平易な演技で表現することの難しさも、この作品は教えてくれている。


駄作というよりは、高いハードルを飛び越える跳躍力が備わらぬまま跳躍してしまったという印象が強い映画「天使の卵」。


この作品が作られる以前に、同様の映画化・ドラマ化の企画案が20~30ほどボツになったという経緯をみても、本作の映画化が、いかに至難のわざであったかがうかがわえる。


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