■言葉
日本人初の宇宙飛行士の秋山豊寛/著書「鍬と宇宙船」
2008.3.20
無農薬、無化学肥料による「有機農産物」が本格的に認知されるようになってきたのは、確かに喜ばしいことなのですが、有機農産物はヒトが食べて安全だということだけでなく、それが環境に貢献していると言えるようになるためには、もう一歩進める必要があるような気がしてならないのです。
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「安全性」とか「おいしい」とか、要するに「生産されたものの価値」だけが強調されるのでは、何か大切な部分がこぼれ落ちてしまうという気がします。もう少し、その「生産物」が育つ過程で、どのくらい自然を豊かに、つまり、「生物多様性」の拡大に、どのくらい意識的に対応してきたのか、ということが「農の現場」つまり百姓の側、そして、その生産物を消費する側の意識に取り込まれないと危ういような気がしてならないのです。
音楽プロデューサーの武部聡志/TV番組「プロフェッショナル 仕事の流儀」
2008.2.15
【その昔、松任谷由実に言われたこと】
「今これが流行ってるからって、その要素を取り入れるってことは、自分(の色)を薄めることになるんだよって」
キャスターの筑紫哲也/毎日新聞
2007.11.26
「日々、“ありがたい”と思うことがある。倒れるまで、一日、一日なんて、特に考えないで過ごしてきたけど、先が限られていると思うとね。例えばきょう一日も、とても大事というかね。うん。お墓には何も持っていけないから、大事なのは、どれくらい、自分が人生を楽しんだかということ。それが最後の自分の成績表だと」
作家の池澤夏樹/朝日新聞
2007.11.25
「ここ何十年かで日本人はものを考える代わりに感じるようになった。水から空気までのすべてが商品と化し、人は感性で、つまり一瞬の好き嫌いの判断で、それを選ぶ。それを促すための滑らかで詐欺的な言葉遣いが日本語の最も日常的な用途である。われわれは互いを売り合っている」
ASIAN KUNG-FU GENERATIONの後藤正文/ブログ日記
2007.8.19
「綺麗ごとを言うな」何の話でもこういうことを言うひとは多い。良いじゃねえかよ、理想論だって。誰かが綺麗なことを、現実離れをしていたとしても、言わなければならない。「綺麗ごとを…」なんて言うヤツが、現実に身体ごとどっぷりと浸かって、諦めたような顔をして何もしないようなヤツだったら、笑い飛ばしてやったら良いんだ。きっと逆に何倍も笑われてしまうのだろうけどね。 だったら俺、笑われ者でいい。
作詞家の阿久悠/産経新聞
2007.6.9
「国会が乱れている。国会が乱れているということは、国全体が乱れているということである。主権者であるとされている国民は、国会が乱れてくると、誰もが困ったものだと議員たちを責めるが、その議員たちを自分が選んだ反省を口にする人はいない」
作家の石田衣良/エッセイ「空は、今日も、青いか?」
05.2.28
勝ち組み負け組みと簡単に人をふたつに分けて、浅いところでわかった顔をする時代になってしまった。大企業であるか、中小企業か。ホワイトカラーか、ブルーカラーか。年収やボーナスが同世代の平均以上か、以下か。線引きはどんどん細かく、世知がらくなっていく。無数に引かれた線で区切られた狭い場所に、ほんとうにぼくたちはうまく収まるものだろうか。
小説家の福井晴敏/日刊スポーツのインタビューにて
05.2.20
思い込んでいるとカレー味でも甘く感じちゃう。それほど人間の味覚はいい加減なものなんです。「この本はこうに違いない」と思って読むと、そう書いてあるように読んじゃう。人間って分かりたいことしか、分かろうとしないので。「右」と「左」についても、2つしかないと思っている人にとっては、「真ん中の道もあります」と見せても、「何をばかなことを」と思うだけ。右も左も完全に役立たずの状態から育った我々からしたら、「何でいつまでも両極なんだ」と。
作家の宮部みゆき /狂言師の野村萬斎氏との対談にて
05.1.31
いちいち絵文字がつかないと分からないというのは寂しいことで、小説家は危機感を持つべきだと思うんです。小説を書く人間は、言葉を情報のツールだけにしてはいけない。そこに読んだ方の感想が加わって唯一無二の作品になる。でも、もしも読者が想像力を捨ててしまうと、小説家はもう立つ瀬がなくなる。映像やテレビゲームに負けてしまう。そこが踏ん張りどころですね。
作家の安水稔和/阪神大震災から10年を迎え
05.1.30
若いころは詩を書いていても、自分で新しい言葉を作るんだという思いが強かった。今は、自分の言葉なんてものはほとんどない。言葉は才能で生み出すものではないと考えています。言葉とは、過去の人々の心が盛られた記憶です。そこには死者の震災の記憶もあります。たくさんの人が様々な思いを込めて使ってきた言葉を私も使わせていただくだけです。これから生まれる人の言葉も加わるでしょう。言葉とは過去・現在・未来にわたる記憶なんです。未来の記憶のためにいま書きたい。
建築家の安藤忠雄/朝日新聞のインタビューにて
04.12.21
私は日本の衰えた現状の根っこに人々の「思考停止」があると思っています。思考停止は、生活習慣病の糖尿病に似ています。いわば「頭の糖尿病」。糖尿病が飽食の時代に急増した典型的な現代病であるように思考停止も日本社会に急速に広がりました。現代人は、物質的な豊かさと、マスメディアやインターネット、携帯電話などを媒介する情報におぼれ、自分で考えることを忘れたのです。糖尿病が死に至る病の原因になるように、思考停止も放っておけば、日本社会に致命的な影響をもたらすでしょう。
フリージャーナリストの椎名篤子/児童虐待シンポジウムにて
04.12.20
生後五、六か月まで親からサッカーボールのように扱われた子供が、里親に引き取られた後に初めて笑ったのは十歳の時。心から安心して笑うのに十年かかるほど心の傷は深いんです。
作家の水村美苗、青山学院女子短大教授の栗坪良樹/活字文化公開講座in青山学院大学
2004.11.23
【水村】
アメリカから戻って日本に落ち着いたのは、一九九〇年ごろである。私は驚いた。日本語そのものが変わってしまったのである。私が知っていた日本語は消え、その代わりに、過去とのつながりもなければ、現在を捉えようという意志にも欠ける悲しい薄っぺらい日本語が氾濫していた。それは日本語ではなく「ニホンゴ」であった。
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だが何よりも重要なのは、読者が日本語にもっと多くを望むことである。「ニホンゴ」で書かれた本が氾濫する中で孤立した精神をもち、もっと深いもの、高いもの、真に面白い日本語から望むことである。
作家の渡辺淳一/HONライン倶楽部
2004.11.22
かつてわたしは医師をしていて、その後、小説家になったが、そ医学と文学は、「人間を探る」という意味でまったく同じものだと思っている。ただ医学は人間を肉体的な面から論理的に追求するのに対して、文学は人間を精神の面からその非論理的な面に光を当てていくという点で大きく異なっている。
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いま、わたしが最も表現したいのは、この論理や理屈で説明できない情念や感性の世界の妖しさで、それをいかに深く、鋭く抉るかで小説の本当の価値が問われていると考えている。
作家の島本理生/愛書日記
2004.11.21
ヘッセは良い意味で文章の古めかしさも含め、一人で静かに楽しむ読書に向いている。村上春樹「ノルウェイの森」の中で主人公のワタナベ君が、小林書店で夜明けに「車輪の下」を読む場面がある。本はいつどこで読んでも自由なのだが、人の多い屋外や移動中に読むのではなく、一人でひっそりと手にするのがヘッセはどことなく似合う作家である。
数学者の藤原正彦/学びの時評
2004.11.20
教養がなくとも本を読まなくとも、幸せな人生をまっとうすることはできよう。しかし真の自立には知的判断力や大局観が必要で、それには教養が不可欠である。一見何の役に立ちそうもない文学、歴史、科学、芸術などの教養である。学生ばかりか大人をも覆う反教養主義こそが、現代日本にたれこめる最大の暗雲と思われる。
介護カウンセラーの羽成幸子/「幸せな介護はどこにある?」
2004.9.30
わたしはよく、「介護者は心の中に悪魔の心を持っていい」と申し上げます。介護というのは苦しい面がたくさんある。その時、心の中では何を思ってもいいんだ、と。実際に介護で苦しんでいる人はこの話をとても喜んでくださる。いつも自分で自分を責めてるからなんです。
マリナーズのイチロー/年間257安打のメジャー記録を84年ぶりに更新して
2004.9.28
今感じているのは小さなことを重ねることが、とんでもないところにいく唯一の道だということ。僕は見ての通り、こちらでは一番小さい部類。日本では中間くらいでしたけど、決して大きな体ではない。でも、大リーグでこういう記録を作ることもできた。日本の野球選手、子供たちだけではないですけど、自分自身の可能性をつぶさないでほしい。
弁護士の坪井節子/「検証 少年犯罪」
2004.9.27
しかし、今の子は、幼いころから大人の世界にさらされている。親は子どもの前で仕事の愚痴や金銭の貸し借りを語り、メディアには性や暴力の情報があふれている。受験では「今頑張れば、後が楽だから」と大人の価値観を押しつける一方で、忙しさを理由に子どもの話は聞かない。
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結局、子どもが変わったのではなく、すさんだ大人社会の現実が子供に投影されているのだと思う。子どもは「少しずつ」という段階を踏まずに、いきなり過酷な大人社会の現実に接し、独りぼっちで何の手当てもされていない。
作家の島田雅彦/「HONライン倶楽部」
2004.9.26
数の上では決して多くはない私の読者へ。国家に国民がいるように、作家には読者がついている。村上春樹をアメリカとすれば、私はフィンランドか、チェコにたとえられようか。決して、基軸にはなれないが、グローバリズムのあおりを食って沈下しないだけの経済的基盤と文化的魅力を持った小国を目指しているつもりである。これまで私は退屈を恐れ、リスクを犯したがる気質のせいか、フライングを繰り返してきた気がする。オリンピックなら失格だが、文学では一周遅れもいきなりトップランナーになれる世界だから、問題はない。
元テニスプレイヤーの松岡修造/全米オープンの解説にて
2004.9.23
僕自身「世界No.1の選手と話しをしろ」「練習をしろ」と言われた。「そうすることで、世界No.1の選手が普通の人に見えてくる」と。
作家の村上龍/プロ野球のストライキ問題に際して
2004.9.20
今回の、近鉄とオリックスの合併問題と選手会のストに関して、マスメディアに欠けている視点があるような気がします。マスメディアは、経営側と選手側の「どちらに理があるのか」、あるいは「どちらが野球を愛しているのか」というような論議をしますが、この問題の核心は、「経営コストに耐えられなくなった球団がある」ということではないでしょうか。要は、お金がないということです。
作家の高橋のぶ子/小説「マイマイ新子」の刊行に際して
2004.9.19
今は子供たちが疑問を大人にぶつけても、大人は「それは、そういうこと」で済ましてしまう。「テストの点が取れればそれでいい」と。子供はその言葉を丸のみして生きていきます。子供は自分なりの疑問で頭がパニックになるということが少なくなっている。
作家の小池真理子●エッセイ「ページの中に自分の足跡」
2004.9.18
本は読まねばならないのではなく、どうしようもなく「読んでしまう」もの「読まされてしまうもの」ではないか、と私は思う。自分ではない他者、異国の見知らぬ誰かが考え、悩み、時には絶望の淵から這い上がってきて、紡ぎ上げ、形にして見せてくれた精神の風景は、いずれ劣らず、何と貴重なことだろう。
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本の中のたった一言、たったひとつの文章が読む者を救うことがある。
語り部、文筆家の平野啓子/「学びの時評」
2004.9.17
幼い子供は、何かを訴えたくても、表現するタイミングや術を知らないことが多い。でも、子供は、大人が必ず自分の方を見てくれている信じているし、そう願っている。そんな子供の一人一人の状況を見ることは、先生の重要な役割だと思う。その小さな目配りを、子供は敏感に感じ取り、優しさ、温もりといったかけがえのない精神が心や身体に宿るのではないか。
ミュージシャンの細野晴臣/こころの四季
2004.9.16
僕は「響き」が音楽で一番肝心だと思っています。響きとは空気を伝わり、振動していく音響のこと。楽器が持ついい音、人が聴いて感じる音——その場でいい音を響かせたい。どんないい曲でも響きが忘れられているとダメです
ニューヨーク市のマイケル・ブルームバーグ市長/「9・11」同時テロ追悼式典にて
04.9.11
親をなくした子供を孤児という。伴侶をなくした夫を寡夫、妻を寡婦という。子供をなくした親を呼ぶ言葉はない。その痛みを言葉で表すことはできないからだ。
作家の熊谷達/直木賞&山本周五郎賞受賞作『邂逅の森』について
2004.8.28
自分の手で動物を殺し、食べる。これが「生きている」ということ。都会の多くの人は生き物を殺している、という実感はないが、間接的には誰かが殺してくれており、尊い命を頂いていることには変わりない。この感覚を、今の人は忘れてしまっている。
作家の島本理生/愛読日記
2004.8.27
長い夏休みの間に一冊でも本を読んでほしいという学校の気持ちも分かるが、エネルギーの溢れた子供には、室内の静かな読書よりも、眩しい自然の風景のほうが似合うだう。
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子供は無理に読書させるよりは、外に出してしまったほうが良い。どんなに素晴らしい本も、実際に五感を使った経験にはかなわないのだから。
松井秀喜/「松井が駆ける」
2004..8.23
怒りを表に出すと、周りも不愉快になる。人の、そんな顔を見るのは嫌なんだよ。
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腹立たしいことが起きたとき、「怒ったら負け」って言い聞かせる。誰に対する敗北なのか? 自分に、だね。怒りって、突然こみ上げてくるでしょ。頭がまっ白になるし、「本能」に近い感情だと思う。それを、もう一人のおれ、つまり「理性」が抑えようとする。理性が本能に負けるの、情けないじゃん。
作家の坂東眞砂子/「春話二十六夜 岐(わ)かれ道」の出版に際して
2004.8.21
不倫・浮気・売春などの言葉が代表するように(現代の)セックスは「してはいけない」「隠さなくてはいけない」イメージ。実際には誰でもしていることなのに。非常に堅苦しい性道徳のなかで我々は生きている。セックスは人が「生きる」うえでの不可欠な要素であり、「生」そのものだ。
参議院議員・自民党の有村治子/「総理大臣の体力温存は、国家的課題」
2004.8.20
先進国リーダーの中で「権限が最も少なく、拘束時間・仕事が最も多い」と揶揄される日本の総理大臣ですが、山積する重要課題を前に日本の舵取りに責任をおい、決定的に重要な判断を下さねばならない宰相を疲れきっておかせておくことは、日本の将来的な国益を考えれば、実はとても怖いことであり、ゆゆしきことだと思います。
イチローは天才か、はたまた……
2004.8.18
イチローが頭に死球を受けて脳震とう。驚異的なバッティングを続けていただけに、水を差された格好だ。イチローは先日、好調の原因を聞かれて、「好調とは思わない」と答えていた。彼にとっての好調は「どうしてそのヒットが出ているか分からないとき」だという。今の彼にはヒットが出ている理由が分かっており、ゆえに「好調」ではなく「当然」という訳だ。
彼はやはり天才なのだろうか? 天才かも知れない。
だが、突如としてふってわいた天才でないことは、小学6年生の彼自身が証明している。
建築家の安藤忠雄/本を捨てるな
2004.7.21
今の日本人は、物質的に豊かでも心の栄養失調に陥ってはいないか。
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私は、ただ単に「工期と規模だけで決まるビジネス」というのではなく、建築物をつくることを楽しみたい。現実に依頼されるものや目の前のものだけを考えていたら何も生まれない。様々な角度から物事を考えることで、考え方に奥行きが生まれる。それが教養の力であり、そのきっかけを与えてくれるのが活字だ。一冊読むことで、たくさんのことを読みとれる文学のような建築物をつくりたいと思っている。
作家の加藤幸子/こころの四季
2004.7.20
人間も生き物です。種々雑多な人間が生きる都市は自然そのもの。身近な日常に多様な自然を取り戻すことが大切だという考えは変わりません。ただ、携帯やパソコンの仮想現実が今、人間を自然から遠ざけています。不快なもの、異質なものを排除しようという感覚が以前より増しているようで、不安になります。人間中心主義ではなく、ほかの生き物がいてくれると知ることで世界は広がり、人生観も違ってくるはずです。
スタイリストの濱里ルカ/Age50+な人たち
2004.6.30
世の中は矛盾に満ちています。だからこそ目に見えない大切なものを見失わず、人のために祈る心を忘れたくない。これからは、とかく文明のしわよせを受けている。子供たちの役に立つような価値ある人生を送りたい。自分を大切に生きるということは、そうした関わりの中で発見していくものだと思うんです。そのためにも、大事な50代に仕事だけで自分を潰してしまわないこと。興味をもったことは躊躇せずに首をつっこみ、鉱脈にぶつかるまで探し続けること。それが私流の生き方、なんでしょうね。
武蔵野大助教授のピーター・オコーノ/コラム「映像が遠ざける真実」
2004.6.29
メディアの流す映像は、われわれに知識を与えるのではなく、奇妙な形で幻想を強化し、真実から目を背けるよう仕向けている。
ギターデュオ「ゴンチチ」のチチ松村/家庭ごみの有料化が進むに際して
2004.6.28
メーカーが大量生産したものに興味が向かないという性向もありますね。それよりは「茶人の眼力」を生かして暮らすことに幸せを覚える。茶人には、失敗作のような茶わんのゆがみやすすけ具合を見て「名器だ」と感じる感性がありますね。僕も、「どうでもなよさそうなことをたいそうなことのように考える」生き方が楽しいのです。ごみ捨て場でごみに出会うとき、僕はそこに奇跡を感じます。誰かに使われてきたモノがあるとき捨てられ、それと僕が偶然の出会いを果たす。他人にとっては価値のない出来事でしょうが、僕はそこで「今日はいい出会いがあったな」と思うのです。自分なりの眼力を持つことによる喜びは、はやりモノや皆と同じモノを入手することによる満足とは別物です。
詩人の佐々木幹郎/時評「歌 句 詩」
2007.6.27
携帯電話でメールを受け取ると、すぐに返信する。インターネットのチャットや掲示板に書き込んで、匿名の誰かから反応があると、すぐに答える。そういう人たちを見ていると、言葉を通して考える時間、言葉を受け止めて沈黙する時間があまりにも少ないことに驚く。そんなに今という時間が惜しいのか。いや、そこには今などない。外界への反応だけがある。しかし情報機器の発達は、そのような懐疑を置き去りにする。わたしたちは気づかないうちに言葉を通して考える時間、沈黙する時間を失いつつあるようだ。
ミュージシャンのブラーザートム/朝日新聞
2004.6.25
だいたい、でいいんじゃないですか、人生はあまり決めてしまわないほうがいいね。僕は、人が笑顔でいることが大好き。誰かがうれしそうにしてくれるなら、音楽でもなんでも、かまわないんです。
作家の半藤一利/「戦後59年の参院選」<下>
2004.6.24
その時代に息しているものは、奔流となって走る歴史の理法知ることは、ほとんど不可能なのである。後世からみれば、満州事変前後に大きな昭和の転換期があったと分かるが、当時の日本人は大いなる転換期を生きていると分かっていなかった。同様のことがいまの私たちにもあてはまる。
作家の小林信彦/「戦後59年の参院選」<上>
2004.6.24
一つ——例の年金問題を含めて、投票でなければ、われわれの苦しみは変えられない。一つ——だから、とりあえず、投票所へ行くこと。一つ——政争に呆れての無関心がもっとも危険。だれかの思うツボにはまります。
生命科学者の柳澤桂子
2004.6.23
「私たちは、自分たちが先天的に残虐性を持っているという考えに恐れを感じる。……けれども、ほんとうに残虐性を持つことが証明されたら、それをただ否定するだけではなく、この事実を素直に受け入れて、理性でこの未開な感情をコントロールすることを考えなければならないのではなかろうか」
漫画家の水木しげる/全国一斉消灯の催しを前に
2004.6.23
「日本には本当の闇はなくなりました。ニューギニアの奥地なんかに行くと今もお化けがいそうな雰囲気がありますよ。真っ暗でまったくの静寂というのは、怖いけれど魅力的です」
作家の立松和平/写真、幸せについて
2004.6.23
写真というのは表現であり、物の見方なので、ふだんから撮影者自身の人格を高め、自分を鍛えていくしかないのです。機材が良くなったということは、技術は機械に任せて撮る人自身も人間に帰っていくことです。違いは人間性だけですよ。身の周りの風景を慈しみ、愛して下さい。そして自分だけの世界をしっかり作ってほしいですね。
マリナーズのイチロー/記録(数字)について
2004.5.30
たとえ70%の力しか出していなくても、周囲の人は、3割打ったことを評価するけど、それよりは、100%出し切った2割8分のほうがスゴイと思う。
東京大学名誉教授の養老孟司/著書「バカの壁」
2004.4.15
欲にはいろいろ種類がある。例えば、食欲とか性欲とかいうのは、いったん満たされれば、とりあえず消えてしまう。これは動物だって持っている欲です。ところが、人間の脳が大きくなり、偉くなったものだから、ある種の欲は際限がないものになった。
金についての欲がその典型です。キリがない。要するに、そういう欲には本能的なというか、遺伝子的な抑制がついていない。すると、この種の欲には、無理にでも何か抑制をつけなくてはいけないのかもしれない。
作家の開高健/生前好んでいた言葉
2004.4.1
明日、世界が滅びるとしても
今日、あなたはリンゴの木を植える
※ルターあるいはキング牧師の言葉といわれている。石原慎太郎は東欧の詩人ゲオルグの詩の一節として紹介。