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「李香蘭」

2008.4.18

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劇団四季のミュージカル「李香蘭」を観劇。


浅利慶太(企画・構成・演出)が書き下ろした「昭和の歴史三部作」の第一作にあたる作品。激動の昭和前期の歴史に触れることができる優れた作品であり、昭和前期の歴史を教科書でしか学んだことのない人にオススメしたい。


満州国の歌える映画スター「李香蘭」の半生を精密に描いた作品かと思いきや、予想外の展開に驚かされる。このミュージカルは、1920年代後半から、満州国が建国された1932年を経由し、日本が泥沼の太平洋戦争に踏み切り、終戦を迎えるまでの、疾風怒濤のごとく駆け抜けた激動の時代、その一部始終を端的に切り抜いた歴史絵巻である。


浅利慶太は「私は戦争ならなんでも反対というような、単純な反戦論者ではない」と語っているが、その言葉の真意は、この作品が示す通りである。軍部主導体制へと傾倒していく日本と、その日本が行った行為・行動を、いっさいの政治的な思想や分析を勘定に入れることなく、俯瞰の視点から描いている。


当時の日本を分析することは未だにたやすくない、とでも言いたげだ。もちろん、右翼的な立場から、あるいは左翼的な立場から、当時の軍国国家・日本を断定的に分析する人は少なくないだろう。一方で、浅利慶太は、当時の日本を、ある限定した視点から分析することを拒絶しているかのようだ。少なくともこの作品から、氏の個人的な政治思想が漂ってくることはない。


真摯に歴史的事実をトレースし、そのなかで、いかに多くの悲劇や憎悪が生まれ、涙が流され、愛が引きちぎられ、希望が閉ざされ、人生がもてあそばれたか、その事実を伝えることで、現代人に何かを感じ取ってもらおうとしているのかもしれない。


昨今の日本でも、さまざまな社会問題が取りざたされているが、多くの人間を究極的とも言うべき悲劇で包み込んだ昭和前期には、現代社会の問題点を解決するためのヒントとなる多くの事象が隠されている。浅利慶太が「昭和の歴史三部作」を作った理由も、きっとそこにあるのだろう。


日本は理想的な大東亜共栄圏を作ろうとしたにすぎない、あるいは、日本は侵略国家にすぎない。そんな答えを出そうとしているわけではなく、くり返しになるが——戦争、侵略、クーデター、虐殺、原爆……、そうした不幸な出来事が矢継ぎ早に起こる時代なかで、人々がどう翻弄され、どれだけの量の血と涙が流れたのか、その事実をアナウンスすることに徹している。


戦後、中国の法廷にて、李香蘭は祖国反逆の罪で死刑の求刑を受けるが、彼女は、日本国籍を立証することで九死に一生を得る。日本と中国の両国を愛しながらも、「日本の宣伝工作に加担した」と糾弾される李香蘭は、まさに、この時代に翻弄された人々の象徴である。


李香蘭の人生を通じて気づかされるものといえば、彼女の功績や人生観ウンヌンではなく、一部の権力者たちが正義や悪の価値をあれこれと塗り替えていた“時代”というものの正体である。おそらく、観劇者の多くは、そうした“時代”が、今もなお、姿カタチを変えながら社会に存在している可能性について、推測せずにはいられないだろう。


昭和前期には多くの教訓がちりばめられている。が一方で、当時を語れる人は日ごと、いや、一秒ごとに減ってきている。たとえば、今から30年後、浅利慶太のように、昭和前期の出来事を真摯に記録しようとする(できる)クリエーターが出てくるだろうか? そのことを考えただけでも、本作「李香蘭」がいかに価値あるものかがうかがい知れる。


終始、鳥瞰図的な視点が保たれているなかで、唯一、浅利慶太が発したメッセージを挙げるとすれば、李香蘭に無罪を告げた裁判官が歌うこの一節だろう。


「憎しみを憎しみで返すなら争いはいつまでも続く。徳をもって怨みに報いよう」


彼の歌につられ、傍聴人たちも唱和する。「徳をもって怨みに報いよう」と。幾度も繰り返されるリフレイン。この言葉をいつの日か人間がものにできるかどうかは分からない。ただ、そこに希望を見つけることだけは、やめてはいけないのだろう。今も、この先も、いや、未来永劫。


本作「李香蘭」は、歴史を“知る”ためにあるミュージカルだ。そしてまた、“知る”という領域を一歩越えて、登場人物に自分自身を投影し、そこで自問自答することにより観劇者に何かしらの“気づき”をもたらす作品でもある。エンターテインメントとしての華やかな演出が最低限に抑えられているのは、テーマをぶらさないためであり、もちろん確信犯的なものといえるだろう。


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