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「異国の丘」

2008.6.14

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劇団四季のミュージカル「異国の丘」を観劇。


台本:浅利慶太、湯川裕光、羽鳥三実広 演出:浅利慶太 作曲:三木たかし、吉田正、近衛文隆 作詞:浅利慶太、岩谷時子、荒木とよひさ、松田宏一、増田幸治、越智登喜男 振付:加藤敬二


浅利慶太(企画・構成・演出)が書き下ろした「昭和の歴史三部作」の第二作にあたる作品。 ※第一作の「李香蘭」のレビューはコチラ。


第二次世界大戦後、極寒のシベリアに抑留された九重秀隆は、過酷な強制労働をさせられたうえ、ソ連兵から執拗な尋問を受けていた。ソ連は日本の首相であった九重菊麿の息子である秀隆を、スパイに仕立てようとしていたのだ。秀隆は、消耗し切った気持ちと体を抱えたまま収容所仲間と話すうちに、 アメリカに留学していた当時のことを思い出し始めた……。


日中戦争や太平洋戦争を含め、全世界で数千万人が命を落とした第二次世界大戦の死者に対し、頭を垂れずにはいられない作品である。


シベリアに11年間抑留された秀隆。拷問や脅迫を受けながら極寒の地で耐えしのぎ、最後には命を殺められた男の過去と現在を行きつ戻りつしつつ、物語は進む。


「李香蘭」が戦争を足早かつ俯瞰の視点から描いた作品だったのに対し、本作では九重秀隆という平和を希求するひとりの日本人の人生にフォーカスしながら、観劇者に、“シベリア抑留”という戦後もなお続いた戦争被害の現実と、戦争がもたらした背筋も凍る悲劇の数々を突きつける。


「李香蘭」に通じるのは、戦争に客観的な善悪が存在しないという確固たるメッセージがあることだ。それぞれの国がそれぞれの正義と大義を優先し、その結果、戦争に巻き込まれた国の人々が、取り返しのつかないほど大きな代償を払った。それが、かつての戦争が雄弁に語りうる唯一の真実といえる。


その真実をブレなく伝えるために、物語はあらゆる立場や思想やイデオロギーに偏ることなく、キャストに戦争当事国のそれぞれの思惑と思いを赤裸々に語らせる。人間が学ぶに値する歴史的教訓を忘却の彼方へ葬送するまい、とする浅利慶太の意地と執念が随所に垣間見られる。


また、そうした戦争が抱えるジレンマ、負のスパイラルにさらされながらも、秀隆が国家の枠組みを越えて人々の幸せを希求する姿が胸を打つ。戦争時代における高潔さと現代の高潔さにどの程度の違いがあるのか、それを測ることは容易ではない(何に対しての高潔さなのか、という規準の問題もある)。ただし、彼が戦時中に試みた和平工作や、シベリアにおいて脅しや暴力に屈しなかった姿勢は、人間の“清さ”に対する紛う方なき希望だろう。


シベリア抑留の後期、死を目前にした秀隆が口にした言葉が印象的だ。


「すべてを失ってもなお残ったものがある。心だ。心だけは清く残っている。それを汚したくない」


三木たかしや浅利慶太らが作詞作曲した音楽や歌が、物語の世界観を完全に表現している。夢も青春も、未来すら描けずに死んでいった私たちの祖先。彼らが受けた痛みが現代人に訴えかけるものはあまりに大きい。思いの詰まった旋律と言葉と歌声は、まるで彼らの亡き魂が天国からふりまく無念さのようで、涙を禁じ得ない。


そうした重たいテーマを持ちながらも、ロマンスや政治的な駆け引きをほどよく織り交ぜて、物語をテンポよく軽やかに進めさせた手腕が秀逸だ。結果、本作「異国の丘」は、老若男女が味わえるエンターテインメントとしてハイレベルな完成度に到達している。


秀隆や、秀隆が思いを寄せる中国の司法大臣の娘(愛玲)の人間くさくも清らかな人柄に感情移入しやすいのはもちろん、秀隆を憎む中国人の存在や、秀隆を裏切る友人の存在。彼らにさえシンパシーを感じるのは、現代に生きる観劇者の視点からすると——彼らは戦争という舞台においては、分け隔てなく一様に被害者だから——なのかもしれない。


言うまでもないが、劇団四季のレベルは高い。「コーラスライン」もいいし、「ウエストサイド物語」もいい。だけど、日本語を意思伝達言語とする私たちにとって、浅利慶太がつづる“外国語の翻訳ではない”言葉は、よりストレートに観劇者の心をとららえ、ワシづかみにする。目まぐるしく時代を追いかけた「李香蘭」よりも、ひとつひとつのシーンがじっくり描かれている点も、「異国の丘」の大きな魅力だろう。舞台美術の美しさにも思わず心を奪われる。


感動の種類を言葉にするのが難しいが、ただただ戦争に苦しめられたすべての人に対する哀悼、哀切の気持ちでいっぱいになる。命や人生を棒に振った彼らに私たちがしてあげられることは何なのだろう? と真剣に思わずにはいられない。そして、今ある私たちの人生とは? と。


10、20、30代。若い世代にこそ見てもらいたい作品だ。もしかすると、若い人にはピンとこないのかもしれない。だけど、心に残っていればいつかピンとくる瞬間が来るし、疑似体験であれなんであれ、知ることは貴重な経験だ。そのうえ、エンターテインメントとしてもハイレベルなものに触れられるのだから、言うことなしである。


歴史をどう受け止め、未来に生かすかは、この瞬間に生きている人間の役割だ。しかも、戦争自体は、歴史でもなんでもなく、現在進行形でこの地球上で起きていることなのだから。


愛玲がこんなことを言った。


「戦争さえなければ、私たちの仲はもっと違うものになっていたでしょう」と。


この世に、“たら・れば”はないのかもしれない。ただし、その“たら・れば”の原因が戦争にあるというエクスキューズだけは、二度と私たちはくり返してはならない。その確固たる信念こそが、浅利慶太と劇団四季が紡ぐこの舞台芸術に放り込まれていると、私は見ている。


日本、シベリア、アメリカ、中国と場面を大きく変えながらも、その関連性をしっかりと描き出し、物語にビロードのようななめらかさを出した珠玉作だ。劇団四季の最高傑作と推す人も少なくないこの「異国の丘」、声を大にしてオススメしたい。


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