物語「ははのひのカーネーション」
2006.5.20
「母の日」に、
はじめて母にカーネーションを
プレゼントしようと考えた。
小学4年生くらいだったかな?
以前から「母の日」の存在を知っていたかどうかは
よく覚えていない。
もしかしたら、
「母の日にカーネーションを贈る」ということを
初めて知ったのが、その年だったのかもしれない。
あるいは、カーネーションを買えるだけの
お小遣いをもらえるようになったのが、その年だったのか、
そのへんの記憶は定かではない。
花屋に行き、カーネーションを物色する。
あれこれと悩んだ末に、
ボクは若い女性の店員さんに
“ある”カーネーションを注文した。
「これをください!」
店員さんは、驚いた顏をした。
あまりに驚いた顏をするので、
ボクはその顏に驚いてしまった。
というより、少しだけ動揺した。
なぜなら、ボクは花屋に一人で行ったのも初めてなら、
花を買うのも初めて。
要するに、花の買い方がわからないのだ。
正直ボクが、何かとんでもない
「買い方マチガイ」をしている可能性はあると思った。
しかし、店員さんの驚き顏は、
どうも注文の仕方ではなく、
注文の内容について向けられたものだったらしい。
そのことは、彼女の次の言葉で明らかになった。
「し、しろ……でいいんですか?」
彼女はボクにそう訊いたのだ。
なぬ?
白でいいか? だと。
もちろんである。
何色かあるカーネーションのなかで、
白いカーネーションが一番キレイだと思ったのだ(置いてある数は少なかったけど)。
文句あっか。
「はい、白でお願いします」
ボクは言った。
彼女はボクの目をじっと見た。
<しばし沈黙>
「白で“大丈夫”なんですね…?」
彼女は再び念を押した。
ボクは子供ながらに、変なひとー、と思った。
さっきから「白」と言っているではないか。
こうなったら、たとえ、この店員さんに、
「赤のほうがキレイだと思いますよ」とか
「白はあまりパっとしませんよ」とか
「アナタに白は売りたくありません」とか
言われたとしても、
絶対にその口車には乗るまい、と心に決めた。
「白でお願いします!」
ボクも改めて念を押した。
店員さんは、ようやく納得(観念?)したのか、
白いカーネーションを包装し始めた。
ボクは初めて花を買えたことに喜びを感じていた。
そして、それを母に渡すときのことをイメージして
少しほほ笑んだ。
きっと喜んでくれるだろう!
10分後。
白いカーネーションを抱えて帰宅。
夕げのしたくをしていた母のいる台所へ。
そして「ジャ〜ン!」と声を出して
カーネーションを母の前に差し出した。
「ひゃ?」
あるいは
「ほぇ?」
という奇妙な声を上げて、母は驚いた。
そして、目の前の事態の真意を
見極めようとしているのか、
必死に目をパチクリさせていた。
「もしかして……母の日の?」
母はそう言ってから、嬉しそうに笑った。
えがった、えがった。(これにてお役御免!)
が、少し様子がおかしい。
母の“嬉しそう”な表情が、
数秒単位で“可笑しそう”な表情に変わっていったのだ。
「ありがとー」と言いながら
ケタケタと可笑しそうに笑うのだ。
それは、ボクが青写真に描いていた
“喜びの図”とは少し違った。
母はそのうち目じりに涙まで光らせはじめたのだが、
ソイツがどうも感涙と呼ぶには、
キラキラしすぎているように思えた。
まあ、ぶっちゃけ言えば、可笑し涙。
「なにか可笑しい? えっナニ、ナニ?」
そう詰め寄るボクに、母はしばらく種明かしをしなかった。
ただ「ありがとう、嬉しいわ」と言い、
“可笑しそう”に涙を光らすばかりであった。
花瓶にその“白い”カーネーションを刺しながら。
ボクが白いカーネーションにまつわる“真実”を知ったのは
それから数分も経たなかったと思う。
白いカーネーションの真実、
それは——
亡き母へのトリビュート(捧げもの)。
母の種明かしを聞きながら、
ボクの目の前はホワイトアウト……
白みゆく風景を見ながら
白はやはりキレイだー、と思えたことが、
せめてもの救いか。
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