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模擬評議に参加して、今「裁判員制度」に思うこと

2008.3.17

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先週、さいたま地方検察庁主催の模擬評議に参加した。これは平成21年の5月までにスタートする「裁判員制度」の試験的な評議で、さいたま地方検察庁の現職検事が、それぞれ裁判官、検事、弁護人に扮し、殺人未遂容疑にまつわる架空の案件の審理を行い、最終的に刑を確定させるまでのプロセスを踏むというもの。私は当日、裁判員としてこの審理に参加した。


実にいい勉強になった。わずか4時間という短い時間ではあったが、法廷での冒頭陳述から、証拠調べ、論告、求刑、弁論、最終陳述までの「審理」を経て、最終的に裁判官(3名)と私たち裁判員(6名)が、「評議」を実施。有罪か無罪かを判断し、量刑を決めるまでを体験した。


今回の案件は「殺人未遂容疑」で、争点は、容疑者に「殺意があったか否か」。検察が提出した証拠と弁護人の弁論を勘案して、裁判員はそれぞれの良心、道徳に従って、最終的な判断を下さなければいけない。模擬評議とはいえ、守秘義務についても踏襲するようなので、個々の裁判員や裁判官がどのような判断を下したかについては、ここでは書けないが、最終的に、私たち裁判員と裁判官が取りまとめた判決は、「傷害罪」ではなく、「殺人未遂罪」。執行猶予のつかない懲役5年の実刑だった。


一般人が裁判に参加するこのシステムについて思ったことは山ほどある。有益な点も危惧すべき点も。国民の司法への関心が高まる——この点に関しては、間違いなくメリットだろう。裁判がどのように進み、どのような審理を経たのちに判決が下るのか、それを知ることは、国にとってマイナスになることはあるまい。あえて公にしていないのかもしれないが、裁判員制度自体に犯罪抑止力があるのも確かだろう。被告人を間近に見たり、実際の事件に触れることにより、思わず背筋が伸びる裁判員は少なくないはずだ。


一方、今回の模擬評議を経て感じた危惧は、一般人である裁判員が有罪無罪だけでなく、量刑までをも決めなければいけない点についてだ。法廷での審理を通じて有罪か無罪かを判断するまではいいとしても、量刑については過去の判例(判決の実例、裁判所が過去に示した判断)などに照らし合わせて考える必要があり、素人が一朝一夕に判断できるものではないように感じた。


注:そういう意味では、有罪・無罪を決めるのも法律の専門家の仕事といえなくもないし、裁判員制度のもとでは、えん罪が増えるのではないか? などという意見も当然あって然り。だが、その点についての私見は、ここでは割愛する。


裁判員制度の趣旨のひとつには、「一般人の視点、感覚、言葉」を尊重する点にある。そういう意味では、自分の感覚、良心、道徳に照らし合わせれば、被疑者が有罪か無罪かを判断することは不可能ではない。ただし、量刑についての一般人の感覚はあまりに広すぎる。というより、量刑の感覚そのものを持ち合わせていない、といったほうが正しいかもしれない。犯罪者の更生能力を信じる人もいれば、犯罪者に厳罰をのぞむ人もいる。もちろん、裁判員制度は、それらの意見がバランスよく反映されるようにはなっているが、その精度(正確性)を突きつめて考えると、裁判官3人、裁判員6人、計9人という人数はあまりに少なすぎる。


たとえば、法律の専門家で「執行猶予つき」と「死刑」の判断で意見が分かれることはまずないと思うが、一般人では、それがありうる。それは、一般人が判例を勘案せずに、感覚だけで判断するからだ。それは前述した、裁判員制度の趣旨「一般人の視点、感覚、言葉」とは合致するものの、果たしてそれでいいのだろうか? という疑問は残る。もちろん、だからといって裁判員が、あまりに判例に縛られてしまうようでは、裁判員制度の趣旨そのものが形骸化する恐れもある。実にナイーブな問題だけに、この点については、裁判員制度がスタートする前に(もちろんスタート後も)十分に議論する必要があるだろう。


もう一点、評議を進めていく際に、議長役となる裁判官の役割が重要だと感じた。とくに素人にありがちな“脱線した話”を、いかに早急に(かつさり気なく)食い止め、本道へと導くかの手腕が求められる。幸いにも今回の模擬評議では、ある検事から「予想していたよりも話が脱線せず、素晴らしかったです」というお褒めの言葉(お世辞?)をいただいたが、なにをなにを、素人目にも明らかに論点がズレているものがあったように思う。もちろん、一般人が意見するのだから仕方ない面もあるが、裁判官の評議運営手腕次第では、ある程度の脱線は防げるものと思われる。


話は変わるが、模擬評議終了後の意見交換会で、「(裁判員制度)って、こんな簡単に判決を出すんだ、怖いなあ(笑)」と発言した方や、「恐ろしい。実際の裁判員は絶対にやりたくない!」と発言した方がいた。正直な気持ちだろう。つまり、私たち一般人の感性や感覚が、ひとりの人間(被疑者)の人生を左右するという恐ろしさについて、彼らは言っているのである。


ただ、私はこれらの発言に歯がゆさを感じた。もちろん、彼らの発言が正直な気持ちであることは分かるし、それはたいへん善人的かつ人間的な発言かもしれない。けど、一方では、たいへん無責任な発言でもある。法律は不完全だ。事件の真実を100%把握することもできなければ、被疑者の事件当日の心理を100%把握することもできない。考えれば考えるほどなにもできないのだ、人間は。人が人を裁くなんてことは、本来できないのだ。神にだってできるかは疑問だが。


でも、だ。それをやらなければ成り立たないのが現代社会であり、「恐ろしいなあ」と苦笑する私たちの代りに、その役を買ってくれているのが、裁判官や検事や弁護士たちである。ジレンマのない裁判などひとつもないだろう。ときには、そのジレンマの渦にのみこまれそうになりながら、それでも社会のために、白黒をつけ、量刑を下してくれているのが彼らである。法律や裁判が、パーフェクトな正義でないことを一番よく知っているのは、おそらく彼ら自身だろう。


死刑判決を宣告する裁判官の気持ちを考えたことがあるだろうか? 死刑執行の書面に印を押す法務大臣の気持ちを考えたことはあるだろうか? 死刑囚を絞首刑室へと案内する看守の気持ちを考えたことはあるだろうか? 司法にかかわる人たちが、大きなジレンマや葛藤のなかで、私たちの代りにそれらのことをやってくれている。そうした人たちを前に「怖いなあ」とか、「実際の裁判員は絶対にやりたくない!」とか言えたものだろうか。あるいは、一般論として、司法を「権力!」と簡単に断じることができるだろうか。


私は今回の模擬判決で「懲役5年の実刑」を主張した。もちろん、それが、どう正しいかなんて数学の公式のように解説することはできない。でも、短い時間で得た情報を勘案して、自分の良心に従って主張した。それだけは言える。でも完璧とは思わない。本当は殺意はなかったのではないだろうか? あるいは無罪の可能性は0%だろうか? 私が加害者の立場だったら同じことをしていたのではないだろうか? そうした疑問も完全には排除できない。でも、できるだけのことを考えて、結論を出した。プロの裁判官だってそうだろう。完璧なんてないけど、完璧という理想を求めて、人を裁くしかないのである。今の(そして、おそらく将来も)この社会では。


国民が司法に参加できる「裁判員制度」の実施に踏みきったことは、日本の司法が一歩高度なレベルに足を踏み入れた証拠だと、私は評価したい。たとえ完璧はムリだとしても、一般人が参加することにより、間違いなく司法は活性化し、長い目で見れば、判決の精度にも磨きがかかるだろう。もちろん、反対意見も多いだろうし、とても一枚岩、そして一筋縄でいくようなシステムではない。


ただ、制度がスタートする来年以降、裁判員に選ばれた方は、少なからず“人が人を裁く”ことについてのジレンマを感じるはずだ(感じないとしたら、それこそ恐ろしい)。そして、そのジレンマは、“人が人を裁く”ことの意味を考えさせ、その人を、ひいては社会と人間を成長させるだろう。その成長に、私は希望を見いだしたい。それが、「裁判員制度」に対する現時点での私見だ。


「裁判員制度」は、司法の分野にとどまらず、今後、行政や立法にも国民がじかに参加できるシステムを模索・構築していくための、大きな礎になるのではないだろうか。その点についても、私は大いに期待している。

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