物語「“生”を伝える金ちゃんの“死”」
2005.9.2
大小2匹の金魚に白い斑点ができていたので、妻が買ってきた薬を水槽に注入。大きい金魚はセーフだったが、小さい金魚は夕方に息絶えてしまった。
夜「金魚を埋めに行くよ」と娘に言うと、「行く行く!」と、まるで公園に遊びにでも行くかのような返事。
が、妻が土を掘り、そこに金魚を置き、土をかけた瞬間、火がついたように娘が泣き出した。
そりゃそうだ。大人が見ても、金魚に土がかけられるシーンは、かなりショッキングである。娘にしてみれば、今朝まで水のなかでスイスイ泳いでいた金魚が、なぜ土に埋められなければいけないのか、その意味が分からずパニクったのだろう。
「死ぬってこういうことなんだよ」と妻が諭すように言う。
娘の号泣はおさまらない。
ここが教育だ、と思い、私と妻は「かわいそうだねー」的なことは一切言わなかった。
「おもちゃは直すことができても、生き物は直せないんだよ」
「だから大事にしてあげなくちゃいけないんだよ」
娘にとって初めて経験する身近な「死」に、親として最低限のことは伝えたかった。
妻は偉い。
「パパもママも、いつかモモ(娘の名)より先に死ぬんだよ」
とまで言った。
残酷だろうが何だろうが、それが現実だ。
死があるから、人間には生きる価値があるのだ。
目を真っ赤にした娘は、家に帰るや「金ちゃんの前に座りたい」と言い、しばらくのあいだ、水槽の中に独りぼっちで残された大きい金魚の姿を見ていた。
娘が、初めて経験する身近な「死」に何を思ったかは分からない。
けど、一つだけ言っておきたいのは——
——ただ残酷なだけの世の中に、キミを生み落としたつもりはない、ということ。
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