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ああ哀しや、24時間マラソン

2002.8.24


間寛平、トミーズ雅、赤井英和、山口達也、錦野旦……。はじめに断っておくが、実際に走った人たちには何の不満も恨みもない。しかし、どう考えても釈然としない。恒例となっている24時間テレビのマラソンである。


今年の西村知美も頑張って走っていた。素直にスゴイと思う。だけど、見れば見るほど心が萎えていく自分がいる。私たちはスポーツを観て感動することがある。オリンピック、ワールドカップ、甲子園、箱根駅伝……。勝つために自らを鍛え上げ、真剣勝負する姿に、時として胸を打たれる。


24時間テレビのマラソンも、とくに走っている本人にとっては、真剣勝負には違いないのだろう。だけど、走る前提として「視聴者を感動させよう」という意図がこれほど明白なものに対して、私は感動をどう表現していいものか分からなくなってしまうのだ。


おそらく、西村知美自身は以前から走ることを切望していたわけではないだろう。彼女は「より視聴者を感動させられる人」として局に人選されたにすぎない。「より視聴者を感動させられる人」とは、言い換えれば「より視聴率を取れる人」である。


「頑張る姿が感動を生み、人々に生きる力を与える」——よしんばこの法則が真実であったとしても、それを作為的に作り上げることに、局側は何の後ろめたさも感じないのだろうか。それとも、少なからず国民が感動したのだから、それでよしとするべきなのか。


だとしたら、感動というのもずいぶんと安易になったものである。間寛平レベルのアマチュアランナーが走るならば、まだ話も分かるが、ここ2年は、研ナオコと西村知美である。このままいけば、近い将来、老人や子供がランナーとして選ばれ、最悪、障害者が走るハメになるだろう。より刺激的な感動を生み出すために。


もっとも、24時間テレビを莫大な制作費をかけて作った「偽善番組」ととらえる世の一部の意見に、私は賛同するつもりはない。問題こそあれど、福祉問題や環境問題をはじめ、普段の民放ではあまり取り組まれることのないテーマと向かい合ってきた姿勢は評価できる。また、障害者や老人、後進国といった社会的弱者の実情をリポートし、「チャリティ」や「ボランティア」という概念を広く日本全国に浸透させた功績も買いたい。


ただし、押し売りの感動だけは、どうあってもご免である。挑戦すること、勇気を持つこと、頑張ること……そういった尊いテーマを伝える手段としてこのマラソンが担ぎ上げられる茶番に、得も言われぬ哀しみを覚えるのは、私だけであろうか。

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