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競争という名の殺戮

2002.8.1


1912年のタイタニック号沈没事故の背景に「大西洋航海スピード競争」の存在があったことは、あまり知られていない。


「大西洋航海スピード競争」とは、ヨーロッパ⇔ニューヨーク航路で最高速力を記録した客船に、「ブルーリボン賞」という称号を与えるというものだ。折しも「客船建造競争」全盛の時代、客船会社にとっては、自社の技術力をアピールし、集客力を増やすに「ブルーリボン賞」は格好の名誉であった。


タイタニック号の沈没は、客船が氷山に衝突したことによって引き起こされた事故であるため、どうしても船長らの責任は免れない。しかし、タイタニックを保有するホワイト・スター・ライン社長は、タイタニックを「世界一の客船」と宣伝したいがために、船長、機関長に自船の最大船速を記録するよう圧力をかけたという話だ。


事故当日、タイタニックは普通であれば迂回すべき危険地域を、縫うように、猛スピードで走っていたという。その結果が1513人の尊い命の終焉を招いた。これは、明らかに「機械工学の発展」という大義のもとに行われた殺戮である。おそらくは船長も被害者の一人だったのだろう。


「客船建造競争」とやらに躍起になっていた人たちは、「安全に人や物を運ぶ」という使命を忘れ、名誉と金に目が眩んだ狂人に思える。いつの時代も愚行の犠牲になるのは、善良な市民たちである。その最たるものが「軍事・核軍核競争」でもあった。アメリカによる日本への原爆投下は、終戦後のアメリカに大きなイニシアチブを与えた。


20世紀という科学と競争の時代から、人類が得た「正」の産物は確かに多い。しかし一方で、背負わされてきた「負」の産物も決して少なくない。多くの犠牲者が出たときに、競争者はこう口にする。「この犠牲を無駄にしないためにも——」。犠牲者を美化することで、競争者たちの責任が軽減されるとしたら、大きな間違いである。


見誤っていけないことがある。


1513人の命を奪ったのは「機械」ではなく「人」だということ、広島や長崎で多くの命を奪ったのは「科学」ではなく「人」だということ、を。


科学者は、技術者は、そして経営者は、競争の精神を持つ以前に、競争の前提となる「使命」について考える必要がある。大事なのは「この犠牲を無駄にしないためにも——」ではなく、「いかなる犠牲も出さない」ことである。その「使命」が欠落している者に、レースに参加する資格はない。

悲劇は再三繰り返され、歴史の教訓は闇に葬り去られている。競争者は時として「道理・道徳」に対し盲目となり、そして、狂気に堕ちていく。われわれはいつまで犠牲者で居続けなければいけないのだろうか。


新幹線が最高速度を更新することを別段偉いとは思わない。だが、過去に一度の死亡事故も起こしていない点については、大いに評価されるべきであろう。

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