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「何を持つか」ではなく「どうあるか」

2004.10.31


「どうあるかだな」


テレビで地震の被災者たちの姿を見ていて、誰だかが言っていた言葉を思い出した。


たとえば家が倒壊したり、全焼したりしたときに、人は何を思うのだろう。


究極的な言い方をすれば、すべての物を失ったとき、人間には何が残るのだろうか。


あるいは、そのなかで生きて行くためには何が必要なのだろうか。


その答えが、冒頭のひと言という気がする。


物質社会に生きているのだから、物が大事なことくらい分かっている。


物はときに人の暮らしや心を豊かにするだろうし、癒すだろうし、助けもしてくれる。


しかし、その物がなくなってしまう現実を前に、


それ以上に人間が持っていなければいけない「モノ」があるような気がしてならない。


おいしいものも食べたいし、いい服も着たいし、いいクルマにも乗りたいし、立派な家にも住みたい……。


物にこだわることで幸せを感じる人は大勢いる。


僕だってそうだ。


だけど、現実として、この世に生きている限り、すべての物を失ってしまう可能性は否定できない。


悲観的な話がしたいのではない。


物を持っていることが人間の本来の姿ではない、ということが言いたい。


だから「何を持つか」ではなく、「どうあるか」なんだと思う。


いつの日か、すべての物を失してしまうような瞬間が来たとして、


そのときに凛と胸を張って歩ける自分でいられるか、


それとも、失った物を嘆き、精神的なダメージを受け、抜け殻のようになる自分を選ぶか。


ブランドの服を着なくては表に出られない人と同じように、物というギプスがなければ立っていられない自分にはしたくない。

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