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国とはイッタイ……?

2004.10.26


日本人がイラクでまた拘束。——に対して日本国内の反応は今ひとつ鈍い。


それが新潟県中越地震のせいなのか、拘束された人の身元が(日本人かどうかも含めて)判然としないからなのかよく分からないが、かつてあの3人を見殺しにした(結果として殺されなかったが)国らしい反応という気もする。拘束された人が、ジャーナリストでもボランティアでもない単なる旅行者だったとすると、以前にも増して自己責任の云々が問われるのだろうか。


国とは一体何なのだろう?


人は好む好まざるにかかわらず、いずれかの国に所属しなくてはいけない身である。所属していれば、その国に税金も払うだろうし、その国の定める法律にも従う。人は国籍とは切っても切り離せない存在である。


であるなら、国が、その国の所属員にしなければいけない義務は、いかなる状況であれ理由であれ、所属員の命が危険にさらされているとき、その命を救うことではないだろうか。それは首相だろうがサラリーマンだろうがヤクザだろうが主婦だろうが学生だろうが関係ない。政治思想や宗教思想も関係ない。国の義務は危険に直面している所属員の命を救い出すこと、救い出すために最善の努力を払うことだろう。


どうも私には、日本という国が、危機に直面している人の地位や、危機に面するまでの状況、その他諸々の事由を勘案したうえで対応しているように思える。少なくとも、拘束されたのが単なる旅行者ではなく、小泉首相だった場合、対応は大きく異なるだろう。「そりゃそうだろう」という意見もあろうが、国とは、そうであってはいけないのはずである。


首相も一般市民もこの国の所属員であり、命の危機にさらされたときは、無条件(ここが肝心!)にその危機から当事者を救い出さなければならない。それが国の使命だと思う。


おそらく拘束されたのが、一般の旅行者だった場合、日本国内では、以前の3人にも増して「バカなやつ」という論調が強まるだろう。まあ、それはそれで仕方がない。世間やマスメディアのバッシングは自由だ。ただし、国だけはそうあってはいけない。四の五の言わずに救出あるのみ。もちろん、それが国の義務であり使命である以上、自衛隊の撤退も選択肢に入れるべきである。


間違っても「おろかな旅行者のために、なぜ自衛隊が撤退を?」とは言ってはいけないと思う。それが私が思う国。持論であり、譲れない。


でなければ国とは一体何なのだろう? この問いに明確に答えてほしい。

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