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ムズカシイぜ、スローフードめ!

2002.7.12


最近頻繁に耳にする「スローフード」という言葉。これは“食事はゆっくりと楽しみながら食べよう”という趣旨と同時に、“大量生産した加工食品ではなく、地元で採れる伝統食材を食べましょう”といった意味を含んだ、欧州発のライフスタイルである。


<風土・気候・地形によって食物も異なり、生活も異なるのであるから、みだりに他国の食習慣をまねたり、舶来の珍味を食べてはいけない>


明治時代には、そんな提唱をする学者もいたそうだ。その土地で受け継がれてきた食生活には、それぞれ意味があるのだから、それに従いなさいということらしい。


話は少し変わるが、卑弥呼は食べ物を食べるときに、現代人に比べて約6.4倍も食べ物を噛んでいたという。1回の食事に要した時間は、卑弥呼が51分で、現代人が11分。医学も保健衛生も未発達な時代に、人々が健康でいられたのは力強い咀嚼があったからだ、と。


一方の現代人は、コンビニで買ったインスタント食品を慌ただしく胃に流し込んでいる。味気もなければ素っ気も楽しみもない。栄養も偏っている。がしかし、そうは思ってはいても、スローフードを実践するのはなかなか難しい。決定的に言えることは、現代人に時間がないことだろう。目まぐるしいほどのスピード社会である。


こうした日本で「スローフード」の活躍の場はあるのだろうか?


あってほしいと、私は思う。ただし一筋縄ではいかないだろう。


「スローフード」の本質は社会の変革である。生活のあり方を、仕事のあり方を、人間との付き合い方を、時間の使い方を、とにかく変えていく。1日8時間労働で何を満足しているのだ。仕事など1日5時間でいいハズではないか? たとえば、そういう一つ一つの疑問提示がスタート地点となるのだろう。


事実、「スローフード」を実現するには、そうした社会の矛盾を一つ一つ改革してていくしか道はない。もちろん、社会の矛盾を改革するためには、まずは一人ひとりの意識と心がけが変わらなければならないだろう。


「スローフード」は、それ自体がゆるやかな革命だといえる、根づくまでにかかる時間は大目に見てもいいだろう。

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