性同一性障害者の性別
2002.7.17
ココロとカラダの性に違いが生じる「性同一性障害」。以前であれば「自分の性に違和感がある」と告白する人に対する社会の目は相当に厳しいものであったが、医学的見地から「病気」として認知されるようになった昨今では、その状況も少しずつ変わりつつある。
性同一性障害者たちは、本人が望む限り、性別適合手術を受け、ココロとカラダの性を一致させることができる。病気の治療という意味で考えれば、最も効果的な手段であり、何よりも性同一性障害者自身の喜びが大きいことを評価したい。
しかし、性転換を済ませたとしても、性同一性障害者には大きな問題が残されている。「戸籍上の性別」である。現行の国籍法では、たとえ性別適合手術を受けたとしても、戸籍上の性別を変更することができず、そのことで多くの性同一性障害者が新たな苦しみを抱えているという。
就職を一例に挙げると、就職活動に際して、女性に性転換した人の戸籍上の性別が、以前のまま「男性」で記載されていると、雇用者側が二の足を踏むケースが考えられる。雇用者側の「不当な差別」はこの際置いておくとしても、現状、戸籍上の性別変更ができないのは何とも解せない。
性転換後の性別変更ができないことによって、性同一性障害者にどれほどの不利益が生じるかは想像に難くない。健康保険や年金の申請ほか、パスポートや免許証の作成など、生活のありとあらゆる場面で、性同一性障害者は自らのプライベートをさらけ出さなくてはいけない。役所などの公的機関では、そのことで不愉快な尋問にあうケースも多々あるという。当然、戸籍上の同性同士では婚姻することは不可能。性同一性障害者の苦汁と不憫さを思うと、胸が痛むばかりである。
この状況を改善するにはどうすればいいのだろうか? 考えうる限りでは、戸籍上の性別変更を可能とする「国籍法の改正」、もしくは「性転換法」などの新立法制定の二つに一つである。
「性転換法」については欧米の諸外国ですでに法制化されているので、それらを参考にする必要があるだろう。立法府である国会が性同一性障害者の現実をどこまで把握しているかは分からないが、こうした人権に関わる問題については、即座に議論を始める必要がある。
ムネオだ、マキコだ、と身内の不祥事の精算に尽力するのが無益とは言わないが、苦しんでいる国民に対する迅速な救済は忘れていては、「立法府の形骸化」と言われても仕方がない。
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