No.9「マーサの幸せレシピ」
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銀幕をさまよう名言集! No.9 2008. 2.17発行
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2001年/ドイツ 「マーサの幸せレシピ」より
マーサは街でウワサの一流女性シェフだ。
だが、堅物で神経質で自意識過剰で……、
人とコミュニケーションを取るのが苦手。
彼女の関心ごとは料理のことだけ
(自分が食べることにも興味なし!)。
セラピーにもかかっている。
そんな彼女が、交通事故で親を亡くした姪のリナを引き取り、
ふたりきりの生活をスタートさせる。
だが、そこで待っていたのは、すれ違いと衝突の日々だった……。
という物語。
物語の前半は、
マーサの性格描写に費やされている。
今回紹介するのは、そのうちのワンシーン。
マーサの姉(シングルマザー)が交通事故で亡くなった。
同乗していた娘のリナは無事だったが、
母を亡くしたことにショックを受けている。
入院中のリナのもとを訪れたマーサは、
病院食にまったく手を付けないリナに言う——
「退院したら……
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おばさんが世界一おいしい料理を作って食べさせてあげる」
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母を亡くしたばかりの8歳の子供に、
誰が何を言えるでもないだろうから、
一概にマーサを責めることはできないのかもしれない。
ただ、こんなときでさえ料理の話しかできないところに、
このシーンの物悲しさとやりきれなさがある。
母を亡くした子供にとって、
「おいしい料理」がどれほど価値あるものだというのだろう?
食べる食べないなどということは、
最愛の母を亡くしたリナにとってはどうでもいいことだ。
あえて、料理の話でいうならば、
リナが食べたいのは「母の料理」であるはずだ。
それ以外の料理は、どれも一緒だ。
病院食も、コンビニ弁当も、一流シェフの料理も。
だが、マーサにはそれが分からない。
分からないだけならまだしも、
“おいしいものでも食べれば、この子も少しは元気になるだろう”
くらいのことは思っている。
まったくの見当違いだ。
突如として母を亡くした子供の傷が、そんなに浅いはずはない。
つまり、この病室のシーンでは、
母を亡くしたリナの悲しみと同時に、
マーサの抱えている心の問題の大きさも表現されているのだ。
自分の殻に閉じこもり、
おそらく、これまでの人生において、
他者と時間や心を共有してこなかったであろうマーサ。
彼女に足りないものは、“愛情”という名のスパイスだ。
おばさんが世界一おいしい料理を作って食べさせてあげる
このセリフを耳にしたとき、
映画を見る側は、彼女とリナがこれからスタートさせる生活に
一抹の不安を覚える(いや、ある種の覚悟を強いられる)。
そして、その不安は見事に適中し、
マーサとリナは互いに傷つけ合うような言行をくり返す。
おばさんが世界一おいしい料理を作って食べさせてあげる
一見優しさに満ちたセリフも、
よくよくその芯にまで目をやれば、
不吉な未来の予兆でしかない。
だから、人間は、映画は、おもしろい。
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●編集後記
 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄
料理にレシピはあっても、人生にレシピはない。
だから常に自分で、素材選びを、
味付けを、盛り付けを考えなければいけない。
マズイときもあるだろう。
おいしいときもあるだろう。
だけど、そこに愛情を込めたときに限っては、
おそらく、マズイ、おいしいを超越して、
幸せな味になるのだろう。
それだけは料理にも人生にも共通していえることだ。
「マーサの幸せレシピ」は、
07年にハリウッドでリメイクされています。
タイトルは「幸せのレシピ」。
ストーリーはおおむね踏襲していますが、
国柄やキャスト、演出、音楽の違いで、
また違った雰囲気が楽しめると思います。
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■銀幕をさまよう名言集! No. 9「マーサの幸せレシピ」
マガジンID:0000255028
発行者 :山口拓朗
●公式サイト「フリーライター・山口拓朗の音吐朗々NOTE」
http://yamaguchi-takuro.com/
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