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No.31「かもめ食堂」

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 銀幕をさまよう名言集!  No. 31  2008.8.17発行 
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2005年/日本 「かもめ食堂」より
群ようこの書き下ろした小説を、
『バーバー吉野』の荻上直子監督が映画化。
主人公のサチエは、
フィンランドのヘルシンキで、
小さな食堂「かもめ食堂」をオープンする。
ところが、なかなかお客が来ない……。
そんな折、
本屋で偶然知り合った日本人のミドリが、
「かもめ食堂」を手伝うようになり、
また、後日、日本からやって来たマサコも手伝うようになる。
優しくも生き方に芯のあるサチエ。
彼女は、ダレとでも分け隔てなく付き合う。
そして、清潔感漂う「かもめ食堂」には、
いつでも“くつろぎの時間”が流れている。
ミドリやマサコはまるで、
そんなサチエや、サチエが切り盛りする店の雰囲気に、
引き寄せられたかのようだ。
がしかし。
突然、マサコが日本に帰ることになった。
ミドリ:「マサコさん日本に帰っちゃうんですかね……」
サチエ:「本人にしか分からないことですし……
     どちらにせよ、私たちは、マサコさんの決めたことを
     喜んであげないといけませんよね」
ミドリ:「そうですねー。
     ……あのー、こんなことを聞くのは変かなと思うんですけど、
     私が日本に帰ることになったら、
     サチエさんは寂しいですか?」
サチエ:「帰るんですか?」
ミドリ:「いや、例えば、ですけど」
サチエ:「さあ、どうでしょう。
     もともとひとりでやってきた食堂ですし、
     まあ、ミドリさんにはミドリさんの人生もあるし……」
<ミドリは少しムっとする>
ミドリ:「寂しくないんですね?」
サチエ:「そうは言ってませんけど……。
     ……寂しいですって」
ミドリ:「もういいです」
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サチエ:「でもずっと同じではいられないものですよね。
     人はみんな変わっていくものですから」
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サチエの人柄がよく表れた会話だ。
来る者は拒まず、去る者は追わず。
それは一見、クールで冷たい振る舞いのようだが、
サチエに限っては、ふだん通りの自然体である。
もちろん、サチエも寂しいには違いない。
でも、他人の生き方を、
自分の一時の感情で縛ろうとはしない。
    「どちらにせよ、私たちは、マサコさんの決めたことを
     喜んであげないといけませんよね」
ひとつの「個」として自分を確立し、
地に足のついた生き方をしているからこそ
言えるセリフである。
自分の「個」を大切にする人は、
他人の「個」も大切にする。
おそらく、日本人の多くは、
    「私が日本に帰ることになったら、
     サチエさんは寂しいですか?」
と聞かれたときに、
    「寂しいに決まってるじゃないですか!」
というような答えをするのだろう。
実際に寂しいのだろうし、
そう言えば、相手も喜んでくれる。
日本人的な優しさともいえる。
だけど、サチエは、
    「私が日本に帰ることになったら、
     サチエさんは寂しいですか?」
と聞かれたときに、
    「さあ、どうでしょう」
と答えるのだ。
サチエは、決して思わせぶりなことを言わない。
相手の「個」を大切にしているからこそ、
ウソやお世辞が言えないのである。
いや、言う必要がないのである。
    「でもずっと同じではいられないものですよね。
     人はみんな変わっていくものですから」
“諸行無常”を理解する気持ちも美しい。
中世文学の随筆『方丈記』に、
「ゆく河の流れは絶えずして、しかも、もとの水にあらず」
という一節があるのを思い出す。
川はいつでもそこにあるのに、
その川に流れる水はいつも変化している。
“万物流転”は、人間を含めた、この世の定めなのだろう。
その定めに逆らうのではなく、
定めをあるがままに受け止めながら生きて行く。
サチエの生き方からは、
そんな人生の達観がうかがわれる。
何ごとにも抗うことなく。
ただ自然のままに。
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●編集後記             
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シンプルで清潔感漂う店内。
サチエたちが作る料理は本当においしそうで、
それを食べるお客たちも幸せそう。
「かもめ食堂」に映し出される“くつろぎの時間と空間”は、
このうえなく贅沢です。
主人公サチエの魅力は、
自分の「個」を大切に持ちながらも、
自分以外の「個」を否定しない点にあります。
他人の助言やアドバイスに対しても、
嫌がる素振りは見せず、
必ず一度は、そのアドバイスに従う。
そして、実際に自分で試してみて、
いいものは取り入れ、
しっくりいかないものは捨てる。
ステレオタイプでなく、
かといって優柔不断でもない。
誠実で公平。
そして、取捨選択がしっかりできる女性なのです。
主演の小林聡美は、
そんなサチエを演じるにピッタリの女優です。
絶世の美女でも、キャリアウーマンでも、
ヒロイックな世直し人でもないにもかかわらず、
サチエの立ち居振る舞いからは、
人間としての魅力があふれ出ています。
それは、とりもなおさず小林聡美の魅力でもあるのでしょう。
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■銀幕をさまよう名言集! No.31「かもめ食堂」
マガジンID:0000255028
発行者  :山口拓朗
●公式サイト「フリーライター・山口拓朗の音吐朗々NOTE」
http://yamaguchi-takuro.com/
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