「父親たちの星条旗」
2006.11.6
2日連続でクリント・イーストウッド監督の「
製作:クリント・イーストウッド、スティーヴン・スピルバーグ、ロバート・ロレンツ 監督・音楽:クリント・イーストウッド 脚本:ポール・ハギス、ウィリアム・ブロイルズJr. 撮影:トム・スターン 編集 :ジョエル・コックス 出演:ライアン・フィリップ、ジェシー・ブラッドフォード、アダム・ビーチほか 上映時間:132分 配給2006米/ワーナー・ブラザース
クリント・イーストウッドといえば、「許されざる者」「ミスティック・リバー」「ミリオンダラー・ベイビー」など、深いテーマ性と洞察力を兼ね備えた作品を世に送り続けている名監督。本作「父親たちの星条旗 」は、12月に公開される「硫黄島からの手紙」との二部作になっている。
太平洋戦争末期、アメリカ軍と日本軍が激戦をくり広げた「硫黄島の戦い」。この戦いの最中、アメリカ兵が山の上に揚げた星条旗がある。この星条旗を揚げるときの様子が、のちにピュリツァー賞を受賞した一枚の戦争写真に収められたのだが、その写真にはある“虚”が隠されていた。写真に写っていた兵士のうち生き残った3名は、母国で“英雄”扱いを受けることになるが…。
本作の反戦メッセージは、大きくふたつある。
ひとつは、戦場のむごたらしい戦いを通じて描かれる「人殺し」に対するメッセージ。手がちぎれ、首が飛び、腹から内臓が流れ出てくる……。人の命を殺めるという人間として最悪の行為を国が推奨する戦争。そんな戦争の愚かさを、リアルな戦闘シーンを見せることでストレートに非難している。
そして、ふたつ目は「では、その無意味かつ愚行の極地たる戦争が、一体ダレのため、何のために行われているのか?」という責任所在を、英雄に祭り上げられた兵士の心情をつまびらかにすることで暴こうとしている。戦争の首謀者は? 戦争による利益享受者は? 情報操作による洗脳行為の実体は?
硫黄島の山の上に星条旗を揚げたときの写真は、国威発揚、つまりは国民の士気を高めるため、そして、戦争資金の獲得のために、いいように使われることになる。祭り上げられた英雄たちは、すぐさま母国に送られ、国の戦争宣伝マンとして、マスコミや各地のイベントに引っ張りだことなる。
がしかし、彼らは自分たちが“英雄”と呼ばれる資格がないことを知っている。それは単に、その写真が、実は一度立てた星条旗を取り替えたときに撮影されたものだったからということだけではなく、多くの兵士の墓場である戦場に“英雄”など存在しえないことを、彼らの頭と心が知り尽くしているからである。
「本当に戦争を知っている者は、決して戦争を語らない」
映画の冒頭で語られるこの言葉が、すべてを表している。
実際に現場で殺し合いを体験した者たちは、戦争を思い返したくはないのである。彼らが本当に“英雄”であるならば、硫黄島での素晴らしき正義の日々を、喜びと達成感をもって思い出すこともできよう。そうしない(できない)ことが——すなわち、戦争の実体といえるだろう。
英雄に祭り上げられたひとり、インディアンの血を引く海兵隊員アイラは、“英雄”と崇められることを最後まで拒み続け、最後には「戦地に戻してくれ」と泣きながら懇願する。政府の情報操作に加担する馬鹿らしさに加え、あまりに凄惨な戦争体験のトラウマに嘖まれる。
兵士とは、国という大義名分をスケープゴートに、権力、名声、冨といった利益を得ようとする政治家や軍部上層部の思惑にまるめこまれ、殺人ゲームのボード上に送り込まれ、命をまるでポケットティッシュのように使い捨てられる、なんと哀れな人たちだろうか、と思う。
本来はそんな兵士たちが、戦場の真実を語ることが反戦のメッセージとしてもっとも有効なのだろうが、前述の通り「本当に戦争を知っている者は、決して戦争を語らない」。思い出したくないどころか、一日も早く忘れたいと思っている。それは、レイプされた女性が、その事実を表ざたにしようとしない心理に少し似ているかもしれない。レイプ犯(戦争でいえば国)にはなんとも都合よくできている。
この映画を見た人は、戦争がいかに国の恣意的な情報操作のもとに行われているかを知ることになるだろう。国の士気を高めるであろう情報は、捏造してまで流されるというのに、士気を下げる情報はことごとく隠ぺいされる。それは戦時中の日本で行われていた報道とて同じである。
一部の既得権益のある、決してみずから戦場に行くことのない人間にとって都合のいい情報だけが国民に流され、そのうえ国民の命は虫けらのように扱われるのである。
それは現代の日本の社会にも容易に置き換えられる。新聞、テレビ、雑誌等で流される報道や情報を、果たしてすべて鵜呑みにしていいのだろうか?
鵜呑みにする=思考停止。
多くの人がそうした状態に陥ってしまったとき、日本でもまたいつの日か、既得権益者たちにとって都合のいい情報におどらされて、硫黄島で命を落とした兵士たちや、英雄に祭り上げられた兵士たちと同じく、使い捨てティッシュのように戦場に送り込まれる国民が生み出されることになるのかもしれない…。
イーストウッド監督は、史実をできるだけ忠実に再現し、また、英雄に祭り上げられた兵士の心理を的確に描写するという極めて地味な方法論で、映画というエンターテインメントを超えた、人類にとって、大きく、大切なメッセージを発している。
答えを与えてくれているわけではない。
ただ、思考を止めるな、そう「父親たちの星条旗」は言っている。
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