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「パフューム —ある人殺しの物語—」

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2007.2.13
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3月3日より公開される映画「パフューム —ある人殺しの物語—」の試写。
世界45カ国で1500万部を売り上げたパトリック・ジュースキント作「香水 ある人殺しの物語」の映画化作品。
監督・脚本・音楽:トム・ティクヴァ 製作・脚本:ベルント・アイヒンガー 出演:ベン・ウィショー、アラン・リックマン、レイチェル・ハード=ウッド、ダスティン・ホフマンほか 上映時間:147分・PG-12 配給:2006独/ギャガ
18世紀のパリ。悪臭漂う魚市場で産み落とされたジャン=バスティト・グルヌイユは、鋭い嗅覚の持ち主。あるとき、街で出会った女性の芳ばしい体臭に魅せられた彼は、すぐさま調香師に弟子入り。グルヌイユの手で作られた香水は、またたく間に人々を魅了するが、彼の香りへの欲求は深まるばかり……、やがて、パリ中を恐怖におとしいれる連続殺人事件が発生する。


テーマがなんとも斬新で興味深い。究極の“香り”を求め続けるある天才の物語。天才ではあるが、グルヌイユには香りに対する欲求以外のすべての事柄が抜け落ちている。異性にも、生活にも、自分自身にも興味がない。すべてが香りへの好奇心と探究心。天才といえば聞こえはいいが、早い話が人格破綻者である。
そんな彼が、調香師の弟子となり、実力を発揮していくくだりはなかなか痛快で、調香師が何十年もかけて身につけた感覚と技術も、グルヌイユの天賦の才を前にしては赤子のそれも同然。目をつぶっていても、ひとたび鼻をきかせれば、彼の脳スクリーンには、その香りにまつわる風景さえ浮かんでくるのである。
しかし、そんな天才は、究極の香りを香水で再現すべく、異常犯罪に手を染めはじめる…。
天才的な嗅覚で調香師として頭角を現した中盤以降、物語は一気にサスペンスへと変わっていく。物語の視点が、グルヌイユ本人から、猟奇犯に怯える街へとシフトしていく。
グルヌイユには異常犯罪に手を染めている意識がない。いや、意識はあるのかも知れないが、そこに良心の呵責を感じることはない。グルヌイユの行動や表情を見れば、彼に善悪を判断する能力がないことは明らかである。
それは、ノーベル文学賞作家のジョン・スタインベックの名作「二十日鼠と人間」の主人公、レニーを彷佛とさせる“悪意のなさ”と言ってもいいかもしれない。
猟奇犯による連続殺人事件は、グルヌイユの目的が達成された瞬間に終焉を告げ、壮大なスケールと驚きを兼ね備えたクライマックスへと進んでいく。
おそらく賛否が分かれるラストシーン。一気にスペクタクル化する空気に、深い感慨を受ける人もいれば、その反対に、熱が冷めていく人もいるだろう。おそらく観る人の宗教観や倫理観とも無関係ではないだろうし、単純に好き嫌いの問題ともいえるが。
個人的には……到底受け入れられない幕切れであった。
前半から中盤にかけての新鮮なワクワク感が、すべて吸い取られ、気持ちが萎えてしまった。唯一救いがあるとすれば、中途半端な描写ではなく、スウィングし切っている点だろうか。
嗅覚の天才というテーマもさることながら、その香りを映像に変換した前半は実に秀逸であり、目に見えない香りを表現するという点において、「パフューム」は大いに成功を収めている。
一方、中盤から後半にかけては、殺人シーンを簡略化するなどスリラーとしての深みに欠け、最後は、賛否飛び交うこと間違いなしの異色スペクタクルで結んでいる。
グルヌイユを演じたベン・ウィショー。彼の泥臭い演技は、この映画の精神的支柱である。病的な天才。その野性味あふれる眼光の強さには、演技を超えた説得力を感じさせた。
ところで、天才の作った究極の香りとはどういうものなのだろう? その抽出・配合方法からして、これまでにこの世に存在しなかった香りであることは間違いないだろう。
二度と誰も作ることのできない究極の香り。
それはもしかすると、香りという次元を超えた何か別モノなのかもしれない。

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