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「あかね空」

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2007.3.24
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3月31日より公開される映画「あかね空」の試写。
原作は山本一力の直木賞受賞作。監督・脚本・企画・製作:浜本正機 音楽:岩代太郎 出演:内野聖陽、中谷美紀、中村梅雀、勝村政信、泉谷しげる、角替和枝、石橋連司、岩下志麻ほか 上映時間:120分 配給:2006日/角川ヘラルド映画
あたたかく見守ってあげたい、江戸情緒あふれる良作である。


京で豆腐作りの修業を積んだ永吉(内野聖陽)と江戸は深川の長屋に住むおふみ(中谷美紀)。恋に落ちたふたりはやがて結婚し、豆腐屋を切り盛りしながら、3人の子宝に恵まれる。町の人に愛されながらつつましくも幸せに生きていた家族5人だったが、やがて、長男の遊びグセの悪さをめぐっていさかいが増えはじめる……。
永吉とおふみ。ふたりの半生を静かな筆致で描いた物語。その構成は大きくふたつに分かれる。夢と希望にあふれた若きふたりの姿を描いた前半と、子供が成長するに連れて、少しずつ家族の歯車が狂いだす後半。
若い時分の永吉とおふみの心には、互いに相手を励まし、思いやり、守っていこうという、勇気と優しさがある。けなげで、純情で、ほほえましい。
江戸で京仕込みの豆腐屋を商うふたりに不安がなかったはずはないが、そんな不安も、ふたりが夢見る未来の明るさが封じ込める。若いということは、自由に未来を夢見ることができる——そんな不敵な状態のことをいうのかもしれない。
一転、3人の子宝が成長してからの人生を描いた後半には、永遠に続くかのように思えた前半の明るさが見あたらない。
家のなかに停滞するよどんだ澱のような空気は、「反抗=自立」という子供の成長の等式を理解していれば、別段驚くようなものでもないのだろうが、この物語に限っては、長男に対する“おふみの溺愛ぶり”と、その対極をいく“永吉の厳しさ”がぶつかり合い、必要以上によからぬ不和を生み出している。
とはいえ、その不和とて家族を崩壊させるほどのものではない。父と子の衝突は、子供が自立する過程で起こりうるハシカのようなものにすぎないし、長男をめぐって夫婦のあいだに生じる亀裂にしても、兄弟間に横たわる競争意識や葛藤にしても、世間一般の家族に目を向ければ、どれもが“さもありなん”なものたちばかりである。
夫婦関係でいうならば、日々の豆腐作りに専心するなかで、自然と色あせてしまった日常というものもあるだろう。それは、単純にいい悪いの問題ではなく、そうしたことも、人生における一過性の通過点にすぎなかろう、という意味で。
この物語の視点は、あくまでも俯瞰(ふかん)であり、観客にムリヤリに憐愍(れんびん)やカタルシスを誘わせるような押しつけがましさはない。ひとつの平凡な家族の移り変わりを誇張なくつづることで、時代ウンヌンに関わらず多くの人が体験する人生の浮き沈みとその機微を浮かび上がらせている。
そのニュートラルな姿勢こそが、この作品の魅力だと思う。
唯一苦言を呈すなら、長男を軸にくり広げられる終盤の物語が、ややコントじみていることくらいだろうか。江戸の活気ある市井を描いた前半とは打って変わって、謎めいた猛者と越後屋的なイヤラシ人間が登場し……ひと波乱ふた波乱を巻き起こし……最後は勧善懲悪風のクライマックスでフィニッシュをキメるというストレートさ。
——と書けば、少々皮肉っぽく聞こえるかもしれないが、前半の雰囲気があまりにほのぼの系ゆえに、多少ドラスティック(?)な展開は大目にみるべきかもしれない。おあつらえ向きなドラマ時代劇を見ているような錯覚に陥るものの、それも含めても、どこか憎めないのがこの作品なのである。
一説には「世界史上、最も平和で安定していた時代」とも言われている日本の江戸時代。その要因は、おも立った戦争(いくさ)がなく、自給自足を実現していたということもさることながら、江戸の市井に満ちあふれていた“活気”や“人情”や“粋”や“義侠心”などの存在とも無関係ではないのだろう、と推測する。
「あかね空」(とくに前半)には、その平和の片鱗が随所にちりばめられており、現代の日本が手放して久しい心通いあう市井の世界観を、実直に表現している。
今となっては、異文化どころか、異国の感すらある江戸時代。その一方で、人が抱える問題はどこか現代と変わらぬものがある。そんな両者をためつすがめつ眺めてみるのも、本作の楽しみ方のひとつかもしれない。

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