「ゾディアック」
2007.7.9
公開中の映画「
監督:デビッド・フィンチャー 原作:ロバート・グレイスミス 出演:ジェイク・ギレンホール 、マーク・ラファロ 、ロバート・ダウニーJr 、アンソニー・エドワーズ 、ブライアン・コックス 、イライアス・コティーズほか 上映時間:157分 配給:2007米/ワーナー
1969年。その事件は新聞社に送りつけられた犯行声明文から始まった……。アメリカ中を震撼させ、不安に陥れた連続殺人事件の犯人は、みずからを“ゾディアック”と名乗り、マスコミを巧みに利用しながら、自分の犯罪をまるでゲームのように演出した。新聞の一面に掲載された暗号文、捜査陣や記者を翻弄させる何通もの手紙、現場に残した足跡や指紋……。犯人の意図は? 暗号の意味は? 警察は彼を逮捕できるのか?
本作品では、犯人ゾディアックの視点ではなく(犯人は未だに逮捕されていない)、ゾディアック事件にかかわる人々の姿を描いている。なかでも「ゾディアック事件」にのめり込む新聞社の敏腕記者と風刺画家、それにサンフランシスコ市警のふたりの刑事の4人。彼らはゾディアックの謎に執着するがゆえに、みずからの人生の歯車を狂わされてしまうことになるのだった。
デビッド・フィンチャー——間違いなく“名前”で観たくなってしまう監督のひとりである。
サイコ・スリラーの最高傑作と言って間違いない95年の「セブン」、深淵なテーマと驚きのプロットで見る者をうならせた99年の「ファイト・クラブ」。この両作で名を上げたフィンチャー監督は、物語の面白さに加え、映像感覚とカメラワークでも希有な才能を示している(近作は02年の「パニックルーム」、04 年の「Mission:Impossible3」)。本作「ゾディアック」への期待も相当に大きいものであった。
結論から言うと、本作「ゾディアック」は氏の魅力が十分に詰まった作品とは言いがたい。ただ、ひとつ明確な目的を持って作られたという点において、作品の意義は決して軽くはない。
大まかな物語の流れは、その後に多発する猟奇・大量殺人事件の先がけとも言うべき「ゾディアック事件」をなぞっている。これにより、「ゾディアック事件」は風化の一途をたどる“いつか忘れ去られるであろう事件”から脱却し、歴史の一部として記録されることになった。この功績は賛えるべきだろう。
あらゆる情報集めに躍起になる警察官や記者の姿、それに60~70年代風を演出すべく施されたくすんだカラーの映像が、ダスティン・ホフマンとロバート・レッドフォードが共演した76年公開の「大統領の陰謀」を彷彿とさせると思ったが、案の定、観賞後にパンフレットを見たら、「大統領の陰謀」を参考にしたとフィンチャー監督が話している。
このことからも分かるように、フィンチャー監督は、自身の武器である独自の映像美と凝ったカメラワークを、あえて封印し、未曾有の凶悪犯罪という史実の再現に重きを置いている。フィンチャー監督のオリジナル色が低いのは、そのためである。
一方で、氏の意欲は、事件にのめり込み、運命を狂わされる人々の様子を(抑制を利かせながらも)リアルに描写することに費やされている。
警察官や記者、風刺画家たちは、劇場型犯罪を意識したゾディアックに紛れもなく踊らされ、一方のゾディアックは、警察とマスコミを翻弄することにより、自己顕示欲をむさぼった。こうして製作された映画でさえ、事件の風化を防ぐ役割を果たす一方で、未だに逮捕されていないゾディアックの自己顕示欲を満たす道具になっているかと思うと、思わず背筋が寒くなる。
本作を見なければ、「ゾディアック事件」を知ることはなかっただろう。
しかしながら、本作は、この猟奇・大量殺人事件を世間一般にアナウンスし、記録としてファイリングするという唯一にして最大の目的を脇にのけてしまえば、観客に取り立てて大きな楽しみを与えてはくれない。もちろん「セブン」のような衝撃も、「ファイト・クラブ」のような感慨も。つまり、フィンチャー監督が、自分の映像的感性を殺してまで撮ったのと同様に、観客もフィンチャー監督への期待を捨ててこの映画と向き合わなければいけない。
もちろん、ある種の人たち(フィンチャー好き、犯罪マニア?)にとっては、映像や音楽や演出、あるいは「ゾディアック事件」を子細に検証することで、楽しみを得ることができるかもしれないが、エンターテインメント性は薄く、ある種を除く人たちにとって2時間37分は明らかに長い。
それでも、あえてこの時代に、未だ解決していない「ゾディアック事件」を取り上げ、その風化を防ぐという目的を達している以上、やはり駄作や凡作と言うべき作品ではないと思うし、同様に、フィンチャー監督が今後撮る作品への期待値が下がることも、やはり、ない。
ジェイク・ギレンホール 、マーク・ラファロ 、ロバート・ダウニーJr ……。スター級の俳優を使わずに、演技力のある陣容で固めたキャスティングが見事に成功している。“キレ”というよりも“味”で勝負した作品といえるだろう。
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