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映画批評「歓喜の歌」

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2008.3.1 映画批評
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公開中の「歓喜の歌」。
監督・脚本:松岡錠司 原作:立川志の輔 製作:李鳳宇ほか 出演:小林薫、安田成美、伊藤淳史、由紀さおり、浅田美代子、藤田弓子、田中哲司、根岸季衣、光石研、筒井道隆、笹野高史ほか 上映時間:112分 配給: 2007 日/シネカノン
市の文化会館の主任を務める飯塚は、ある日、ホール利用者のダブルブッキングに気づく。予約を入れたのは、似たような名前のママさんコーラスグループだったのだ。はじめは軽く考えていた飯塚だったが、双方とも譲歩する様子はなく、飯塚は東奔西走を強いられることに……。


立川志の輔の現代落語を映画化。「ダブルブッキング」というネタをテーマに、どんどん窮地に追い込まれていく責任者の姿を、ユーモアを盛り込みながら描いたヒューマンコメディだ。
主任の飯塚(小林薫)はとにかく無責任なヤツ。調子がいいうえに仕事もテキトー。どこにでもいそうな主人公。その設定が、「そうそう、こういうヤツいるよなあー」という共感と親しみやすさを引き出す。一方、両ママさんコーラスグループのリーダーには、タイプは異なるが、それぞれ人間味のあるキャラクターを配して、物語に安定感を与えている。
その狭間であっちにフラフラこっちにフラフラ……と立場を変える優柔不断な飯塚は、同情の余地がないほどのダメ男だが、その優しそうな表情がどこか憎めない(母性本能をくすぐるタイプ?)。切れ者でも、イケメンでも、勇敢でもない。どこにでもいそうなお役人に、ダブルブッキングという、いかにも人間性が出やすいトラブルを与えることで作品に推進力を与えている。
ところが、である。
当然おもしろくなっていくハズの話が、いつまでたっても面白くなってこない。これは、あまりにご都合主義なシーンが盛り込まれすぎているせいである。一見、問題を打開するために死力を尽くしているように見える飯塚だが、実はその努力は微量で、都合のいい脚本が飯塚をバックアップしているにすぎない。
「市長室から金魚のランチュウを盗み出す」「建築会社の社員旅行をムリヤリ中止にさせる」「クリーニング屋の女店主を拉致同然に連れ去る」……ひとつひとつのエピソードに文句をつけるつもりはないが、いくらコメディとはいえ、あまりにも強引かつ唐突。しかも、そこに説得力のひとつも示さないのはいかがなものだろうか。これらのケースでは、市長、建築会社の社員、クリーニング屋の客(それにランチュウ)……等々、ダレかしら被害を受けている。つまり、飯塚は自分の責任のミスを取り戻すために、その陰で多くの人に迷惑をかけているのだ。
この物語で飯塚にさせなければいけないことは、ダレも傷つけることなく、自力でミスを埋め合わせることである。それができなければ、美談になるものもならない。事前に説得力をもたせられないのであれば、せめて被害者たちにコーラスを聴かせて、「いや、いいものを聴かせてもらったよ」と溜飲を下げさせるくらいの埋め合わせがあってもいいのではないだろうか? 
飯塚の人の良さを盾に、やみくもに物語を転がしていく。なんともいい加減な展開だ。この物語で、飯塚は何一つ責任ある行動を取っていない(一見取っているように見えるが)。主人公をそこまで買いかぶっておきながら、彼の人間的な成長を描こうなどあまりにもムシがよすぎる。
コメディタッチなのだから細かいことは気にせずに……ではなく、コメディだからリアルさが大事なのだと思う。これでは、せっかくの小林薫のとぼけた演技も台なしである。
これは持論だが、この手のネタをエンターテインメントに昇華させるには、主人公にリアルな汗をかかすしかない。切羽つまった本物の危機感を与えるしかない。そして、それらの課題を、周囲のダレにも迷惑をかけることなく(それに準ずる説得力をもたせて)クリアさせていくよりほか物語を成り立たせる術がないと思うのだ。登場人物たちの本気さからしか本当の笑いは生まれない。
ご都合主義なシーンの盛り合わせに加え、テンポも演出も野暮ったく冗長。コーラス(歌)の効果を生かし切れていないうえに、ふたつのコーラスグループ見せてくれて然りな、クライマックスの感動もほぼ無風。群像仕立てにしているにもかかわらず、コーラスグループのメンバーおよびその家族の描き込みにも何ひとつ工夫が感じられない。
コメディにおあつらえ向きな「ダブルブッキング」というネタをまったく生かしきれていないうえに、あと味悪い余韻だけを残した本作「歓喜の歌」。すべての元凶は、監督のセンス、これに尽きるだろう。小林薫、安田成美、伊藤淳史、由紀さおり……主要キャストに救われた1本、ともいえる。


お気に入り点数:55点/100点満点中

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