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「アメリカを売った男」

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2008.3.7
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明日から公開の「アメリカを売った男」。
監督・脚本:ビリー・レイ 出演:クリス・クーパー、ライアン・フィリップ、ローラ・リニー、デニス・ヘイスバード、カロリン・ダヴァーナ 上映時間 : 110分 配給 : 2007米/プレシディオ
FBI訓練捜査官のオニール(ライアン・フリップ)は、定年間近の特別捜査官ハンセン(クリス・クーパー)を密かにマークするように任務を命じられる。ハンセンには、20年以上に渡り、ソ連のKGBに国家機密を漏らしていたスパイ容疑がかけられていたのである。オニールはハンセンを欺くことを心苦しく思う一方で、“アメリカを裏切った男”を逮捕するという正義感を支えに、誠実に任務を遂行していく。


史実に基づいた、実に見ごたえのある映画である。
主人公のハンセンはFBI捜査官でありながら、ソ連のKGBに国家安全保障にまつわる機密を売り続けてきたスパイである。ただし、本作は、彼を逮捕するまでのスリリングなかけ引きだけを楽しませるものではなく、パーフェクトに人を欺き続ける人間の素顔とは? そうしたある種のぞき見的な好奇心にもしっかりと応えてくれる作品である。
おそらく一流の嘘つきとは、沈着冷静にして用意周到、おいそれとシッポを出す人間に務まるものではないのだろう。ハンセンにしても然り。そんな一流の嘘つきの言行をひたすらに観察できる本作は、人間の心理に興味がある人であればあるほど楽しめるだろう。
ハンセンがスパイであり、のちに逮捕される人物だということは、あらかじめ客にバラされた状態で映画はスタートする。その「ネタバレ」もうまく作用し、ハンセンの一挙手一投足に対し、見る側は“これは本心か?”“それとも作戦か?”“一体彼は何を考えている?”と想像をかき立てられる。そして気がつけば、捜査陣同様、見る側も彼の手のひらのなかで転がされているのである。
中盤以降、ハンセンが、自身の身辺に捜査がおよんでいることに勘づくあたりから、重厚な心理戦に、スリルが加わる。おもしろいのは、彼の証拠をつかもうとひそかに動くオニールもまた一流の嘘つきであることだ。もちろん彼はハンセンとは違い、職務上、嘘をついているわけだが、根底にある正義感が支えとなり、ハンセン顔負けの嘘をつき通すのである。終盤でくり広げられるハンセン対オニール、タイプの違うこの嘘つき同士の心理戦はなかなか見ごたえがある。
結局、ハンセンはネタバレ通り逮捕されるが、その時点で、オニールとハンセンがそれぞれ相手にどのような思いを抱いていたのか、そこを読み取ることが、本作「アメリカを売った男」の正しい味わい方だろう。そこには、相手を欺きながらも、たとえ一瞬でも、心のどこかで相手を信じようとした、そんな複雑な気持ちが存在し、そのことがハンセン逮捕後の空気を特別な哀愁で染め上げているのである。
逮捕後にとあるところでふたりがばったりと出くわすシーンも、なかなかオツである。彼らの胸に去来するものとは果たして……。
ハンセンを演じたクリス・クーパー。彼なくしてこの映画は成立し得なかったであろう。もしも「役者は嘘つきである」、という乱暴なロジックが有効だとしたら、彼は超一流の嘘つきにほかならない。
本性や本音を隠すような複雑な人間を演じることくらい難しいことはないだろう。だが、ハンセンは最後まで“100%黒”ではなく、“限りなく黒に近いグレー”な男としてスクリーンに居続けた。その微妙な(だけどこの作品においては重要な)違いを、クリス・クーパーは見事に演じ分けてみせた。この繊細な演技が見られるだけでも、この映画を見る価値はあると思う。

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