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「ジョッキーを夢見る子供たち」

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2009.1.23
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1月24日より公開される「ジョッキーを夢見る子供たち
監督:バンジャマン・マルケ 製作:ダニエル・マルケ 撮影:ロラン・シャレ 出演:スティーブ・ル・ゲルン、フロリアン・ボスケット、フラビアン・マセ、武豊ほか 上映時間:99分 配給:2008年仏/CKエンタテインメント 
フランスの国営の騎手・厩務員養成寄宿学校「ル・ムーラン・ナ・ヴォン」の門をくぐった14歳の子供たち。そのなかのうち、ジョッキー志望の少年3人に密着したドキュメンタリーだ。親元を離れ、厳しい訓練を受けながら、彼らがどんな成長を遂げるのか、カメラは追う……。


人生において何かを究めようと思ったら、そこに膨大な時間と労力を費やす必要がある。それがジョッキーということであれば、思春期という時間を、技術の修得や精神の鍛錬にあてるのは、ある意味、致し方のないことだ。
とはいえ、思春期に費やした膨大な時間と労力が、その人を必ず目標地点まで連れて行くとは限らない。厳しい勝負の世界の掟だ。
競走馬を乗りこなすのがどれだけ大変なことかは、この作品を見れば一目瞭然だ。競走馬がゴーカートとは違うことを、果たして、入学前の少年たちは知っていただろうか? 必死に手綱を握り、馬をコントロールしようとする弱冠14歳の少年たち。彼らが折につけ抱く恐怖心は、一度でも競走馬を走らせたことのある者でなければ分からないだろう。
印象に残ったのは、少年たちを指導する教員たちのまなざしのあたたかさだ。叱咤する言葉は厳しいが、その端々に愛が感じられる。特筆すべきは、才能のあるなしにかかわらず、少年たちに声をかけ続ける姿勢だ。教員たちは、決して非凡な才能を探すことだけを使命にはしていない。
「馬が舌を出したら、自分の責任だと思え!」
礼儀やあいさつはもちろん、仲間や馬を敬う気持ちも重んじる。生徒をジョッキーとして以前に、人間として成長させようという姿勢に、教育の神髄が垣間見られる。
しかしながら、興味深いテーマとは裏腹に、この作品はドキュメンタリーとしてのインパクトに欠ける。特定の少年に焦点を絞って話を整理させようとしたのは分かるが、たった3人のお手軽なサンプリング記録だけでは、テーマを掘り下げることはできない。しかも、少年たちに気を使いすぎているせいなのか、養成寄宿学校に対する配慮なのかは分からないが、カメラはただ傍観者と化し、当の本人たちからは、本音のひとつも引き出せていない(引き出そうとしていない?)。
一方で、この映画は、随所に、フランス競馬界の伝統や格式について語られた古い映像フィルムを挟み込む。「どうですか、フランス競馬界の歴史は重みがあるでしょ?」と言わんばかりに。
観客が知りたいのは、大仰なフランス競馬界の歴史ではなく、一般の学校に通う子供たちとは異なる、過酷な世界に進んで飛び込んだ少年たちの“思い”だ。彼らは何をしにここに来て、どこへ向かうとしているのか、ということだ。にもかからず、少年たちをとらえるカメラに、彼らとの距離を縮めようとする気配は見られない。取材姿勢があまりにも消極的だ。
視点の淡泊さも、この作品の弱点といえよう。少年たちのふところに切り込めないのであれば、教員たちの言葉を引き出すなり、何らかの理由で養成寄宿学校を去った子供たちにマイクを向けるなり、あえて養成寄宿学校の問題点を専門家に語らせるなり、揺さぶりをかけるべきだったし、そうした多角的な視点をもたせてこそ、初めて見えてくる「ジョッキーを夢見る14歳の実像」ではないだろうか。与えられた場所で、ただフィルムを回すだけがドキュメンタリーではあるまいに。
疾駆する競走馬に振り落とされまいと、涙を流しながら手綱にしがみつく少年の姿だけが、脳裏に強く焼き付いた。

お気に入り点数:40点/100点満点中

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