「ミルク」
2009.4.17
4月18日より公開される「
監督:ガス・ヴァン・サント 脚本:ダスティン・ランス・ブラック 音楽:ダニー・エルフマン 出演:ショーン・ペン、エミール・ハーシュ、ジョシュ・ブローリン、ディエゴ・ルナほか 上映時間:128分 PG-12 配給:2008米/ピックス
同性愛者のハーヴィー・ミルク(ショーン・ペン)は、1977年、4度目の選挙で念願のサンフランシスコ市政執行委員に選出された。同性愛者であることを公表して公職についた初めての人間だった。彼は同性愛者の代弁者として時代の寵児となり、同性愛者はもとより、有色人種、高齢者、ヒッピーなど、さまざまなマイノリティ(少数派)を支援する政治活動を行った。ところが、公職についてわずか11ヵ月後、ミルクは敵対する同僚の市政執行委員ダン・ホワイト(ジョシュ・ブローリン)に射殺されてしまう……。
さまざまな歴史が示すように、偏見や差別がなくなるまでの道のりは、きまって長く険しい。この映画にも「同性愛者は子供を産めない!」という理屈で、同性愛者の権利をはく奪しようとする保守系政治家の動きが描かれている。横暴な権力に立ち向かうマイノリティの権利獲得闘争の歴史は、そのまま有史以降の人間の歴史でもあるのだろう。
「マイノリティの排除」という問題は、決して過ぎ去った過去ではない。アメリカで黒人の大統領が誕生したのはつい先日であり、日本でも同性愛者がカミングアウトできるようになったのは最近のこと。いや、今この瞬間もカミングアウトできずに悩んでいる人たちが、まだまだたくさんいるはずだ。同性愛者だけでなく、高齢者、女性、子供、障害者、犯罪加害者家族、外国人……種類や規模の大小を問わず、マイノリティや広義の意味での社会的弱者に対する偏見や差別や暴力は未だになくなっていない。
ハーヴィー・ミルクという政治家を歴史上の記号として単純にとらえられないのは、おそらくそのためだろう。この映画を透かして見えるのは、まさしく現代社会が継続して抱え続けている問題にほかならないからだ。
<同性愛者の解放>を掲げるミルクの政治活動がどれほど勇気あるものだったかは、ミルク自身が録音したメッセージの存在が雄弁に物語っている(本作はこのメッセージに沿う形で物語を進めている)。メッセージを録音したのは、ミルク自身が身の危険を察知していたからである。死のリスクを承知しながらも、なおよりよい社会を希求し闘い続けたミルクの姿は、日本でも深い感銘をもって受け入れられるだろう。
人と違うことを隠さないこと。願いは行動によって達成されること。声を上げ続けること。希望が人を救うこと。本作「ミルク」、すなわちハーヴィー・ミルクの生き方を通じて、観客はさまざまなことを教えられるだろう。
同性愛者の英雄としての顔、恋人に甘えるときの顔、仲間と無邪気にはしゃいでいるときの顔、駆け引き巧者な政治家としての顔——。名優ショーン・ペンが同性愛者の政治家という難しい役どころを見事に演じ、アカデミー賞主演男優賞を受賞した。実際のミルクを知る人の「ショーン・ペンを見て息を飲んだわ。撮影中の彼はミルクそっくりだった。彼の癖を完全に会得していたわ」というコメントは、ショーン・ペンの徹底した役作りに対する最大級の賛辞といえよう。
同列にはできないが、キング牧師、J・F・ケネディ、マルコムX、ジョン・レノン、ロバート・ケネディなど、社会のために闘った人が暗殺という最期を迎えるのは、東洋医学用語でいうところの「好転反応」(治療過程で起こる予期せぬ激しい身体反応)のようなものなのだろうか。ミルクの最期を目にして、そんな思いを新たにした。
本作「ミルク」は、心躍るようなヒーロー映画とも、心温まるヒューマンドラマとも少し違う。偏見という大きなビハインドを背負いながらも、社会のために闘ったひとりの同性愛者の生き様を真摯に描いた秀作である。
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