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映画批評「人生に乾杯」

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2009.6.23 映画批評
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公開中の「人生に乾杯」。
監督:ガーボル・ロホニ 原作:ポシュガイ・ジョルト 脚本:バラージュ・ロバシュ 出演:エミル・ケレシュ、テリ・フェルディ、ユディト・シェル、ゾルターン・シュミエドほか 上映時間:107分 配給:2007ハンガリー/アルシネテラン
81歳のエミル(エミル・ケレシュ)と70歳のヘディ(テリ・フェルディ)は、半世紀以上も連れ添っている夫婦。派手な生活をしているわけでもないのに、年金だけで食べていくことができず、借金取りに追われる毎日をすごしていた。ある日、堪忍袋の緒が切れたエミルは、なんと郵便局で強盗におよぶ! 一度は警察に協力しかけた妻のヘディも、エミルの熱意にほだされて、あてのない逃避行に付き合うが……。


本作「人生に乾杯」は、老夫婦が愛を再生する物語だ。次々と強盗を重ねるふたりが、妙に生き生きしているのはなぜだろう? もちろんそれは、強盗でがっぽり儲けたからではない。それまでの惰性的な日常にはなかった「共同作業」を通じて、長らく忘れていたときめきを思い出したからだ。冒険心とスリルにあふれ、明日は何が起こるか分からない……。そんな刺激的な毎日のなかで、お互いが愛しい気持ちを取り戻していく。なんともデンジャラスでほほ笑ましいロードムービーだ。
一方でこの映画は、ハンガリーという国の社会構造に異議申し立てを行ったヒューマニズムあふれる作品でもある。なにゆえ老い先短い夫婦が好き好んで強盗をしなければいけないのか? この映画をより深く味わうには、ハンガリーという国の歴史や、年金に代表される社会制度問題の現状を把握しておくといい。ふたりの犯行に同情を寄せるハンガリー国民の存在は、社会風刺を内包したこの映画の強力サポーターである。
ご丁寧にも被害者に「どうもありがとう」とお礼を言うことさえあるふたりの型破りな犯罪は、「クライム・サスペンス」と呼ぶには、あまりに牧歌的である。私とて齢八十すぎのおじいちゃんに銃を向けられたら、怖いからではなく、憐憫の情にかられてお金を差し出してしまうかもしれない。「どうか体に気をつけて逃げてくださいね」という言葉と、おむすびのひとつでも添えて。もしや警察の追跡が手ぬるかったのは、犯罪者を検挙するというより、迷子になった不憫な老夫婦を探しているような感覚があったからなのかもしれない。
とはいえ、しょせん犯罪は犯罪。他人から金を奪い(強盗)、人を傷つけてもいる(傷害)。その末路は推して知るべし、だ。この映画のシンボルである愛車のクラシックカーにふたりは乗り込み、ある目的地へと向かうのだが、私個人としては、このラストがあまり好きではない。たしかに老夫婦には同情もするし、よみがえった夫婦愛もステキだが、同時に、罪なき人たちに多大な迷惑をかけた身でもある。せめて最後くらいは、誰にも迷惑をかけない方法で、目的地へと愛車を走らせてもらいたかった。
本作「人生に乾杯」は、「第38回ハンガリー映画週間 観客賞・部門賞」を受賞した小品。クルマに洋服、食事にインテリア、それに豊かな自然……あらゆるシーンに、ヨーロッパにある小さな国の生活の芳香が漂っている。テンポが軽やかなだけに、笑いの取り方にもう少し露骨さがあってもよかった気もするが、それは好みの問題だろう。
エミルが颯爽とステアリングをさばく愛車のクラシックカーは、彼が共産党の運転手をしていたころに製造された社会主義時代の遺産のようなもの。このクルマに投影されたエミルの思いや、ハンガリーという国の変遷に目を向けると、味わいがいっそう増すはずだ。


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