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映画批評「ディア・ドクター」

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2009.6.30 映画批評
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公開中の「ディア・ドクター」。
監督・原作・脚本:西川美和 撮影:柳島克己 出演:笑福亭鶴瓶、瑛太、八千草薫、余貴美子、井川遥、松重豊、岩松了、笹野高史、中村勘三郎、香川照之ほか 上映時間:127分 配給:2009日/エンジンフィルム=アスミック・エース
過疎化が進むとある小さな村で、ただひとりの医者として村人から慕われていた伊野医師(笑福亭鶴瓶)が失踪した。警察の捜査が進むに連れて、伊野という人間の不可解な正体が浮かび上がっていく。どうやら彼は経歴を詐称していたようなのだ……。


人間心理のグレーゾーンを描いた秀作「ゆれる」(06年)で高評価を受けた西川美和監督が、再びグレーゾーンにカメラを向けた。映画の冒頭で示される「伊野医師の失踪」。ドラマはそこを基点にカレンダーを約2ヶ月前まで遡り、たっぷりと2時間かけて、伊野医師の日常にフォーカスする。ミステリーといえばミステリーだが、俗にいう「どんでん返し」や「衝撃のラスト」とは無縁。謎の実体はじわじわとあぶり出されていく。
見方次第で黒にも白にも姿を変えるグレー人間(伊野医師)の一挙手一投足を観察しながら、観客は終始「彼は一体何者なのか?」という疑念を抱かされ続ける。明確な答えは何も示されない。全編にちりばめられた状況証拠を集めながら、伊野医師の正体を探らなければならない。
たとえば、調理師学校の卒業生が、調理を一度も習ったことのない人よりも必ずおいしい料理を作るとは限らない。現実と本質は一見同じような顔をしているが、ときに遠くかけ離れていることも世の中には少なくない。この映画のしたたかさは、そうしたテーマを、人の“生き死に”にかかわる医師というモチーフで示そうとした点にある。
伊野医師に好感を抱く人、嫌悪感を抱く人、シンパシーを感じる人、そうでない人、さまざまだろう。建前上はよろしくないが、心情的には許せる。そんな人もいるはずだ。模範解答は存在しない。あるいは、分かりやすい解答を示す映画を見慣れた人には、人間の明暗を掘り下げた本作「ディア・ドクター」の妙味が伝わりにくいかもしれない。
あらゆる「境界線」に懐疑を突きつけた映画ともえよう。そもそも世の中にあるもの、たとえば良心と邪心、善行と悪行、夢と現実、真と嘘……それらは境界線でキレイにすみ分けされているわけではなく、むしろ表裏一体なのではないだろうか、と。事実、実社会においても、大勢に愛されている善人が、ある一部の人にとって悪人であるということは十分にありうる話である。
本作「ディア・ドクター」は、そうした「客観的な多面性」という人間の本質に肉迫した力作だ。所どころに冗長なシーンも見受けられるが、一貫したテーマに基づいたドラマには説得力がある。笑福亭鶴瓶のキャスティングに至っては、芸人が役者をするというグレーっぽさを、主人公の実体と重ね合わせた観さえある。綿密な取材の成果なのだろう、僻地医療の実状もよく描かれており、社会派映画としての鋭さも備えている。のどかな田園が広がる田舎でのほのぼのドラマを期待していると、村人同様、一杯食わされることになるだろう。

お気に入り点数:70点/100点満点中

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