映画批評「クリーン」
2009.8.27 映画批評
8月29日公開の「
監督・脚本:オリヴィエ・アサイヤス 撮影:エリック・ゴーティエ 音楽:ブライアン・イーノほか 出演:マギー・チャン、ニック・ノルティ、ベアトリス・ダル、ジャンヌ・バリバール、ジェームズ・デニスほか 上映時間:111分 配給:2004仏・英・カナダ/トランスフォーマー
バラエティに富んだ傑作を次々と生み出しているオリヴィエ・アサイヤス監督が、マギー・チャンを主演に据えた本作「クリーン」は、絶望のふちに立つシングルマザーが、苦悩を抱えながらも一歩一歩再生していく姿をリアルに描いた、見る者の心を揺さぶる魂の物語。マギー・チャンは第57回カンヌ国際映画祭において満場一致で女優賞を獲得した。
薬物の過剰摂取でロックスターの夫が突然死。歌手を夢見る妻のエミリー(マギー・チャン)も、薬物使用で検挙され、一人息子(ジェームズ・デニス)の教育権まで奪われてしまった。出所後、パリに移住したエミリーは、人生を一からやり直す決意を固めるが……。
愛する人を失ったとき、エミリーは初めて自分の人生を見つめ直す。歌のこと、仕事のこと、息子のこと、今後の生き方のこと。薬物を断ち切る決意をし、親類の紹介で中華料理店での仕事に就くが、気持ちとは裏腹に現実は空回りする。彼女に去来するのは、苛立ちに葛藤に不満……そうしたネガティブ要素ばかりだ。気丈にふるまいながらも、ふとした瞬間に「夫に会いたい……」とむせび泣く姿が見る者の胸を打つ。
小さからぬ不安や葛藤と向き合うなかで、エミリーは少しずつ前向きな変化を遂げていく。その変化とは、自分が本当に愛しているもの(息子)や必要としているもの(歌)に対するスタンスの変化ともいえる。「家族や夢や生き方を諦める必要はない」という達観がエミリーに生まれつつあった。その気持ちの変化が、人生の大きな分岐点において、彼女にひとつの勇気ある決断を下させる。
厳しい人生と向き合うエミリーをマギー・チャンが熱演。微細な表情と目つきで、哀しみと不安、プライドと謙虚さ、夢と現実が交錯する感情の揺れを見事に表現している。この神がかり的な演技を見るだけでも、入場料を払う価値がある。抑制を利かせたスタイリッシュな映像と、心の琴線に触れるナイーブな音楽も、人生の再生を描いた本作「クリーン」のテーマを引き立たせている。才気あふれる監督と生命力のある物語、それに一流のキャストが揃ったときに生まれる奇跡のような人間ドラマだ。
クスリにおぼれるエミリーを生理的に受け付けない人もいるかもしれない。しかし一方でこの映画は、大事な人を失った人、人生に迷っている人、心が疲弊した人、何かに苛立っている人、誰かを恨んでいる人、自分に自信が持てない人——マイナス方向に感情に針がふれかかった人たちに、近所の病院でもらう処方箋以上の効用を与えてくれる。この映画を見終わったとき、自分の周りにもたくさんの「人」や「物」や「夢」や「道」があることに気づくだろう。暗闇から抜けるには、まずは自分の感情に素直になることだ。人生のどん底からの再生を目指すエミリーは、私たちにそうメッセージを投げかけてくる。
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