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映画批評「アイガー北壁」

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2010.4.1 映画批評
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公開中の「アイガー北壁」。
監督:フィリップ・シュテルツェル 脚本:クリストフ・ジルバー、ルーペルト・ヘニング、フィリップ・シュテルツェル、ヨハネス・ナーバー 出演:ベンノ・フュルマン、ヨハンナ・ヴォカレク、フロリアン・ルーカス、ウルリッヒ・トゥクールほか 上映時間:127分 配給:2008独・オーストリア・スイス/ティ・ジョイ
1936年、ドイツの若き登山家トニー(ベンノ・フュルマン)とアンディ(フロリアン・ルーカス)は、“殺人の壁”と呼ばれるスイスの名峰アイガーの北壁に挑むべきか否か悩んでいた。ベルリン新聞社の女性アシスタントであるルイーゼ(ヨハンナ・ヴォカレク)は、トニーとアンディの幼なじみ。アイガー北壁に挑むオーストリア登山家を取材するためにアイガーの麓にやって来ていたが、そこに登攀(とうはん)を決意したトニーとアンディがやって来て……。


高い山がひと通り征服されたのちに、気鋭の登山家やクライマーが、より難しい山やルートに挑むようになったのは有名な話だ。ソロ(単独)や無酸素で登頂を目指したり、壁のような岩山をクライミングしたりと、あの手この手の「条件付き登山・登攀」で歴史にその名を刻もうとする者が急増した。
1930年代当時、多くの登山家が「西部アルプスの最後の難所」と呼ばれるアイガーの北壁に熱い視線を注いでいた。天空を目指して屹立する岩壁は1800mにも及ぶ。天候が変わりやすく、落石や雪崩も多発するデンジャラスな壁だ。映画のなかでも、他国の登山家同士がアタック日(登攀開始日)をけん制しあう描写が見られるが、彼らにとって、史上初かそうでないかは雲泥の差。言うなれば、一流の登山家にとっての登山とは、金メダルしか用意されていないオリンピックのようなものなのだ。
史実に基づいたこの映画は、舞台となるアイガー北壁の二面性(美しさと厳しさ)をリアルに活写するほか、難攻不落の岩壁を果敢に攻める登山家のクライミングを臨場感満点に描く。もっとも、中盤以降は、ほとんどスペースのない岩場でのビバーク(露営)、思わぬ落石事故、ザイルを命綱代りにしての救助劇、凍傷で黒ずんで行く皮膚、限界まで消耗する体力……等々、修羅場シーンが量産され、観客はただただ神経をすり減らされることになるのだが。
初登攀を目指す主人公らを興味半分で見守るマスコミや、彼らの無事を祈る幼なじみの視点を設けることで、骨太な山岳ドラマにエンターテインメント性を注入している点も本作「アイガー北壁」の大きな特徴だ。麓の高級ホテルに宿泊するのんきなマスコミや優雅な観光客らの様子をしばしば挟むことで、悪天候下でクライミングする主人公たちの過酷な状況を際立たせる演出は、ちょっぴりズルイほどだ。
唯一苦言を呈したいのが、トニーとアンディのライバルであるオーストリアの登山家ペアを悪者に仕立て上げている点だ。彼らの登山家にあるまじき姿勢や行動は、「史実に基づいたドラマ」というリアリティをスポイルすると同時に、モデルとなった実在の人物に対する冒涜でもある。娯楽性を高めるのは構わないが、作り手は、脚色の許される範囲と許されない範囲、この境目だけは自覚しておくべきだろう。


お気に入り点数:65点/100点満点中

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