映画批評「川の底からこんにちは」
2010.5.20 映画批評
公開中の「
監督・脚本:石井裕也 撮影:沖村志宏 美術:尾関龍生 音楽:今村左悶、野村知秋 出演:満島ひかり、遠藤雅、相原綺羅、志賀廣太郎、岩松了ほか 上映時間:112分 配給:2010日/ユーロスペース=ぴあ
弱冠26歳の映画監督、石井裕也。「ぴあフィルムフェスティバル」のコンペティション第29回PFFで「剥き出しニッポン」がグランプリを受賞、アジアでは「第1回エドワード・ヤン記念 アジア新人監督大賞」を受賞するなど、国内外で高い評価を得ている注目の才能だ。
そんな日本映画界の新星の商業映画デビュー作「川の底からこんにちは」は、若手演技派女優、満島ひかりを主演に起用した異色の人生劇場。彼らの同世代が感じているであろう時代の閉塞感を背景に、無気力で不器用な主人公のどん底ライフと、そんなどん底からやけっぱちの開き直りでテイクオフするまでを描く。
上京してから5年、仕事も恋愛もうまくいかず、無気力な日々を送っていた佐和子(満島ひかり)のもとに、「父親が倒れた」と連絡が入る。父親が経営する「しじみ工場」を継ぐべく帰郷した佐和子だったが、工場で働く嫌みたらたらなおばちゃんたちから総すかんを食う。工場が閉鎖寸前に追い込まれる一方で、こともあろうか佐和子を追いかけてきた子連れの恋人が、佐和子の幼なじみと浮気をする。佐和子は吹っ切れて、会社再建に向けて一念発起するが……。
口を開けば「しょうがない」を連発し、他人とのコミュニケーションも不全気味。子連れの恋人に対してもどこか冷めており、恋する乙女の純情は微塵も感じられない。なんとも感情移入しづらいキャラクターだが、物心ついたときから不況続きの10代、20代の世代にとっては、彼女こそ、真に共感できるヒロインなのかもしれない。
人生の下り坂をコロコロと転がっていく佐和子だったが、これ以上の底はないというところまで来たとき、「しようがない」の口グセを封印し、自力で人生を切り開く覚悟を決める。石井監督が限界まで引いた弓をパっと離し、矢を飛ばした瞬間だ。
もともとどもり気味の佐和子が、工場のおばちゃん軍団の前で開き直りの大演説を行うシークエンス、そして、そのあとに続く新たな社歌を従業員全員で合唱するシーンは、この映画の痛快なピークポイント。石井監督はこのシーンを撮りたいがために、佐和子の負け犬ドラマを積み上げてきたのだろう。
演出にキレがある訳でもなく、ドラマ展開も冗長気味。汁系のユーモアに至っては完全にマニア好みだ。しかし同時に、息づかいと生命力が感じられる作品でもある。感情を抑制することに慣れきった世代に向けて、温度のあるメッセージを放った若き監督の意欲は大いに買いたい。
今の若者は挫折が早い、とよく言われる。が、じつのところは、挫折するような経験さえしていない、というのが本当のところなのかもしれない。それは佐和子の「しょうがない」や「夢とかない」というセリフにも明らか。そんな手軽な言葉を使って何かを諦める人々に、石井監督はガツンと蹴りを入れる。人生開き直るくらいできるだろ! とでも言いたげに。「イタっ」と感じる観客はまだいいほうだろう。
主人公が鬱積した思いを爆発させる終盤の川べりのシーンでは、佐和子が恋人に投げつける「あるモノ」を見ながら、大いに泣き笑いさせてもらった。石井裕也と満島ひかり。この若き才能のコラボレーションが、みじめなほど不格好ながらも、どうしようもなくカッコいい作品を生み出した。
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