ピアノ発表会にまつわる怒りと失望と反省
2007.7.24
先日の日曜日に、娘のピアノの発表会があった。娘が弾いたのは映画『天空の城ラピュタ』の主題歌「君をのせて」。先生との連弾だ。春に曲をまっさきに覚えたまではよかったが、その後、一向にうまくならない……。いや、練習さえしようとしない娘に、最初はどうしたものかと静観していたが、3週間前になってもやる気が見られない娘に対し、「間違えずに弾けないのなら発表会には出さない!」と叱りつけ(泣いても容赦なし)、ようやく間違えないレベルにまでこぎつけた。音楽的にはまったく聴くに値しないのかもしれないが、本番では下手なりに本人に頑張ろうという姿勢が見られたので、親としては一応納得はしている。
と、ここまでは娘の話。ここからは余談……といいつつ本題だ。
発表会を見てひどくショックを受けた。
今回の発表会は娘が通っているピアノ教室が主催していて、小、中学生約50人が出演したのだが、あまりにレベルが低すぎる。レベルという言葉が正しいかどうかは分からないが(マナーと言うべきか?)、持ち曲を間違えずに最後まで弾ける子供がまったくいないのだ。もちろん、なかにはピアノ教室に通って間もない子供もいるだろうし、頑張っている子供たちの技量を批判しようとはこれっぽっちも思わない。批判したいのは、ピアノ教室の方針・姿勢に対してである。
人に音楽を聴いてもらう発表会で“曲を間違えない”というのは出演者にとって最低限のマナーだと思う。もちろん、人間(子供)のやることだから、50人のうち10人くらいが間違えるのは致し方ないことかもしれない。だが、50人が50人とも完璧に弾けないというのはちょっと異常だ。しかもその間違えた子供のなかの半分以上は、気にならない程度の間違いではなく、明らかな間違いを、何度もするのだ。曲を中断して弾き直す子供の実に多いこと。
思うのは——
音楽って間違えていいんだろうか? もちろん練習では構わないが、多くのお客さんに聴きに来ている本番で、子供たちにあれだけ間違えさせて、教室の先生方はなんとも思わないのだろうか?
娘をなんとなくそのピアノ教室に通わせていた自分への反省も込めつつ書くが、発表会に出るに際して「発表会で間違えることは、とてもカッコ悪く、お客さんにも失礼なこと!」ということを、先生方はどれだけ子供たちに徹底させ、また、そのことを前提として指導にあたっているだろうか?(当然そういう指導がされているものと思い込んでいたワタシも馬鹿ですが……)。
自分の娘に関して言えば、あまりに曲を正確に弾けないので、発表会の前には本気で出さすのをやめようと思い、先生にかんばしくない状況を伝えたが、先生の回答は「ええ? 大丈夫ですよ! モモカちゃんうまいですよ!」と言うばかり。もちろん、親としてはそんなことは信じられず、先生のリップサービスかと思いきや、発表会で子供たちが怒濤のごとく間違えるのを目の当たりにして、ようやく分かった。先生たちは、子供たちが間違えようが間違えまいがどうでもいいのである(そのことは、娘の連弾で先生がミスしていたことからも明らか・苦笑)。ふだんの指導のなかでも「間違えることはカッコ悪いこと! 聴く人に対して失礼なこと!」という指導は、十中八九されていない(と推測される)。
発表会は出ればいいのだろうか? 人に音楽を聴かせるということについてどう思っているのだろう? 教育ってなんだろうか? はっきり言って、このピアノ教室がやっていることは、わざわざ足を運んでくれたお客さんにとって失礼以外の何モノでもなく、何よりも子供たちにとって不幸以外の何モノでもない。別に、その子供の能力以上のことをやってほしいとは思わないが、レベルに合わせて選曲した課題曲に対しては、石にかじりついてでもノーミスでやらせる、できなければ発表会には出さない。先生方は(そして親もだけど)それくらいの毅然とした態度が必要ではないだろうか? それがピアノの発表会に出るうえでの最低限のマナーだと思う。
あれだけお粗末な発表会にもかかわらず、子供たちが失敗したことに何の恥じらいも覚えずに、お客さんから「上手だね!」と花束を受け取って得意気になっているようでは、発表会に出る意味などまったくない。ほかの子供の演奏を聴いてるときに彼らは何を思っただろうか? おそらく「なんだー、みんな間違えてるじゃん」程度のことだろう。そこには緊張感のカケラもない。一度そうした習性が身についた子供は、大きくなってからもその空気から抜け出せない。
一説には、「あまり厳しく指導すると子供たちが辞めてしまうから、子供たちを叱らない」というピアノ教室があるそうだが、娘が通っていた教室はまさにその類だったようである。もちろん、「叱らない」ことがその教室のスタンスなのであればそれで構わないが、であるならば、その方針は周囲に分かるようにアナウンスされているべきだし、ましてや大層な発表会など開くべきではないだろう(身内の発表会にとどめるとか)。人に間違えることが分かっている音楽を聴かせることは、お客や子供たちに対してのみならず、音楽に対する冒涜でもある。そしてまた、ピアノ教室に対しては、“子供たちに緊張感のない演奏をさせる=ピアノ教室自身の首を絞めている”ことを、老婆心ながら忠告申し上げたい。少なくとも、あのていたらくな発表会を見て、自分の子供をピアノ教室に通わせたいと思う親は少数だと思う。
このピアノ教室の姿勢に関しては、モロに夕食どきの17〜20時に開催する、開始時間が押す、出演者やお客への基本的な配慮がなされていない等、発表会の運営そのものに対する「不手際の多さ&やる気のなさ」も枚挙にいとまがなく、夫婦揃って怒り心頭。キッパリ辞めさせる決断がついた。娘の技量や才能のなさをピアノ教室に押し付ける気は毛頭ないが、何ごとも練習・努力しなくてはうまくならないということ、人前で音楽を聴かせることの責任の大きさ、目標を達成したときの喜び、それくらいのことことは、あたり前に伝えてくれる指導者を探したい(本人はだいぶやる気になってきたようなので)。
すべてをピアノ教室のせいにするような書き方になってしまったが、今回は気持ちを差し引かずに書こう。ピアノを習っているにもかかわらず、娘がピアノに向かう姿勢が見られなかったワケがようやく分かった。甘すぎるのだ。努力の大切さも、人に音楽を聴かせる責任も、目標に到達する喜びも何も教えられていない。そんな環境でピアノを習い続けるくらいならば、厳しくも正しい指導をしてくれる先生のもとで徹底的に自分の技量・才能と向き合ったほうが、まだ本人のため。それでピアノ嫌いになったらそれまでの話だ。
もちろん、そうしたピアノ教室に通わせ続けた、そしてまた、その習いごとが娘にどういう成長をもたらすかについて無関心であった自分たち夫婦へのいましめも忘れずに、今回の経験を今後に生かしていきたいと思う。
正直、わざわざ聴きに来てくれた方に申し訳ない気持ちでいっぱい。この場を借りてお詫び申し上げますm(_)m
すべてがすべてとは言わないけど、習い事に“ただやればいい”なんていうものは、ひとつもないんじゃないだろうか? “遊び”と“学び”が仕事の子供に、わざわざ貴重な時間とお金を割いて、時間の暇つぶしをさせる必要など、まったく、ない。
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