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No.40 「地下水道」

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 銀幕をさまよう名言集!  No.40  2008.12.12発行 
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1956年/ポーランド 「地下水道」より
舞台は第二次世界大戦下のポーランド。
ワルシャワ蜂起により、
ポーランド国民は、
ドイツ軍に戦いを挑んでいた。
劣勢に立たされると、
一部のポーランド国民は、
地下水道を使っての逃避を試みた。
夜になって地下水道に入った
二十数名のとある中隊。
汚水が流れる狭い地下水道は、
悪臭ただよう暗黒の世界だ。
「地下水道に毒ガスがまかれた」という
情報(デマ?)におびえながら、
暗闇を手探りで進む隊員たち。
疲れ果てた隊員たちは、
やがて離ればなれになり、
ある者は方向を失い、
ある者は発狂し、
ある者は力つき、
ある者は耐え切れずマンホールから表に出て、
ドイツ軍に射殺された。
ドイツ軍に撃たれて負傷したヤツェックと、
彼を励ましながら、
地下水道を歩く恋人のデイジーも、
隊からはぐれてしまい、
自力で出口を見つけ出そうとしていた。
ところが、ヤツェックは、
満身創痍でフラフラ。
まともに目を開けることすらできない。
そのとき、
デイジーは、川に通じる出口の光を見つけた。
デイジー:「光が見えたわ!」
ヤツェック:「生きるんだ……」
しかしその出口には、
非情にも鉄格子がはめ込まれていた……。
万事休す、だ。
デイジー:「目を開けちゃダメよ」
ヤツェック:「出口はまだ先かい……」
デイジー:「……」
デイジーは鉄格子に顔をつけて絶望する。
地下水道の汚水は、
そのまま川に流れ出ていて、
遠く向こうに対岸が見える。
もう自分たちは、
ここから出ることはできない。
そう悟ったのだろう。
デイジーは瀕死状態のヤツェックに、
こう言葉をかけた——
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     「ヤツェック、水と緑の草が見えるわ」
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ヤツェック:「デイジー早くそこに行こう……」
ヤツェックは倒れ込む。
デイジー:「まずは休んで。そこから原野へ」
ヤツェックは、気力をふりしぼって、
目を開けようとする。
デイジー:「ダメよ、目はつぶってて……。日の光がまぶしいから」
せつないシーンだ。
やっと見つけた出口。
でも、行く手は鉄格子にはばまれていた。
しかし、デイジーは、
     「鉄格子があって出られないわ」
とは言わなかった。
いや、言えなかった。
もう目を開けることもできず、
絶命するのは時間の問題と思われるヤツェックから
希望を奪うのは、
あまりに酷だと思ったのだろう。
だからデイジーは、
     「ヤツェック、水と緑の草が見えるわ」
と声をかけたのだ。
おそらく、ヤツェックのまぶたの裏には、
楽園風景が広がったことだろう。
場面はこのあと切り替わるが、
間もなくヤツェックは、
息を引き取ったのであろう。
真実と異なることを言うことを
人は「ウソ」と呼ぶ。
どちらかというと、
悪い意味でとらえられている言葉だ。
だけど、「ウソ」のすべてが悪いのだろうか?
いや、きっとそうではない。
なかには、人から希望を奪わないための、
あるいは、
人に希望を与えるための、
そんな「ウソ」もある。
     「ヤツェック、水と緑の草が見えるわ」
なんと尊い「ウソ」だろうか。
真実かウソかが問題なのではなく、
その言葉が何を意図して放たれたものなのか、
きっとそこが重要なのだ。
そして、相手のためを思って、
真心を込めて放った言葉であれば、
ときによって、
「ウソ」も免罪符を得る。
汚物と悪臭。
緊張と恐怖。
絶望とあきらめ。
そんなモノたちであふれた
地下水道という暗闇で、
ひとりの女性が放った愛ある言葉に、
人間の希望を見た気がした。
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●編集後記             
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ポーランドのアンジェイ・ワイダ監督が、
1950年代に撮影した
「世代」「地下水道」「灰とダイヤモンド」の3作は、
その内容から“抵抗3部作”と呼ばれています。
反独レジスタンスを描いた「世代」や、
反ソ化したレジスタンスを描いた「灰とダイヤモンド」は、
当時のポーランドが置かれていた状況を
ある程度把握しておくことが、
作品に対する理解を深めるカギとなります。
一方、反独レジスタンスの
悲劇的な末路を描いた「地下水道」は、
地下水道をさまよう人々に
焦点がしぼられているため、
たとえ歴史的な知識が不足していたとしても、
人間の普遍的な心理に触れられる、という意味で、
ストレートに心がゆさぶられます。
薄暗く汚い地下水道が象徴しているのは、
約22万人のポーランド国民が死亡したといわれる
ワルシャワ蜂起の悲劇そのものではないでしょうか。
ドイツ軍に影におびえながら、
地下水道をはいずり回ったポーランド国民の
悲痛な叫びが聞こえてくる映画です。
アンジェイ・ワイダ監督は、
本作「地下水道」で、
カンヌ国際映画祭審査員特別賞を受賞しています。
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■銀幕をさまよう名言集! No.40「地下水道」
マガジンID:0000255028
発行者  :山口拓朗
●公式サイト「フリーライター・山口拓朗の音吐朗々NOTE」
http://yamaguchi-takuro.com/
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