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映画批評「クライング・フィスト」

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2006.1.26 映画批評
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4月公開の「クライング・フィスト」。
2005年度カンヌ国際映画祭・国際批評家連盟賞受賞。監督はリュ・スンワン、主演は「シュリ」でおなじみのチェ・ミンシクとリュ・スンワン監督の実弟にあたるリュ・スンボム。
監督:リュ・スンワン 製作:オム・スンヨン、パク・チェヒョン プロデューサー:ハン・チェドク 脚本:リュ・スンワン / チョン・チョロン 撮影:チョ・ヨンギュ 照明:チョン・ソンチョル 美術:パク・イリョン 音楽:パン・ジュンソク 出演:チェ・ミンシク、リュ・スンボム、イム・ウォニ、ピョン・ヒボン、ナ・ムニ、キ・ジュボン、チョン・ホジン、アン・ギルガン、キム・スヒョン、オ・ダルス 上映時間:120分 配給: 2005韓国/東芝エンタテインメント
かつてのアジア大会銀メダリストのボクサー、カン・テシク(チェ・ミンシク)は、事業に失敗して莫大な借金を抱えたあげくに、妻から離婚まで切り出される。途方に暮れた彼は、生きるために「殴られ屋」として街に立つことになる…。


一方、ケンカや恐喝に明け暮れる19歳のユ・サンファン(リュ・スンボン)は、収監された少年院でも粗暴な行動をくり返す。彼はボクシング部に入部してボクシングをはじめるが、そんな折、父親が建設現場で事故死、祖母も病に倒れ、精神的に大きなダメージを受ける…。
(対照的ながらも)光すら見えないどん底の暮らしを送っていた2人は、それぞれの思惑と誓いを胸に、ボクシングで新人王戦のチャンピオンを目指すことを決意。ハードなトレーニングを積み、ついに決勝戦で拳を交えることに…。
この映画は単なるスポーツ映画ではない。もちろん、安易なサクセスストーリーでも。
2人の主人公はたしかにリング上で拳を交えることになるのだが、リングに上がるまでにお互いの接点はまったくない(すれ違うことさえも)。彼らにとってリングで戦う相手が誰かはあまり関係ない。あえて言うならば、彼らが戦っている相手は“自分自身”。どん底からはい上がるため、愛する人のため、失った時間と自分を取り戻すため、それぞれのプライドと意地をかけて2人はリングに立つ。
物語の大半の時間を割き、苛立ちと孤独に彩られた2人の実生活を活写、身もだえするような、病的かつ閉塞的なメンタリティを浮き彫りにしている。もしも2人が、そのまま惰性に引きずられて、自堕落と暴力に染まっていったならば、おそらく、彼らの人生は近い将来に悲惨な結末を迎えていただろう。
しかし、2人はどうしてものたれ死ぬわけにはいかなかったのだ。守るべき家族、そして、失われた自分を取り戻すためにも…。彼らは真っ暗闇のどん底からはい上がろうと、ある大きな決意——新人王戦で優勝する!——を固める。
一転して覚醒へと転じた物語の潮流は、見る人の気持ちをクギづけにしたまま、クライマックス(新人王戦の決勝戦)へとなだれ込む。リング上で交錯する渾身のパンチの数々に、彼らが背負う生き様や、底知れぬ精神力、過去との決別、再生への希望等々、あらゆる息吹が映し出される。人生をかけて死に物狂いで拳を交える彼らの姿は、もはや勝ち負けという次元を超越しており、見る人の心をゆさぶらずにはいられない。
「泣拳(クライング・フィスト)」とは、まさしく言いえて妙。どん底を見た男同士の壮絶な魂のぶつかり合いは、希望というゴールを目指す、サイド・バイ・サイドのカーチェイスのようだ。汗だくの2人の顏がボコボコに腫れ上がるにつれ、血だらけになるにつれ、得も言われぬ感動がこみあげてくる。
極限状況に追い込まれた人間が、もがき苦しみ、再生していく姿を描いた本作は、この世で最高の笑顔と涙の両得に成功した作品ともいえよう。
なにはともあれ、主人公2人の演技が素晴らしすぎる。過去の栄光にすがりつく悲哀に満ちた中年を演じた名優チェ・ミンシクの実力はいうまでもないが、どう猛なユ・サンファンを演じたリュ・スンボンのキレまくりの演技は圧巻中の圧巻。動物的な凶暴性をここまでリアルに表現できる若手俳優の将来を期待せずにはいられない。


お気に入り点数:80点/100点満点中

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