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映画批評「ココシリ」

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2006.5.26 映画批評
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6月3日公開の(日比谷シャンテシネほか)中国映画「ココシリ」。
監督・脚本:ルー・チューアン 製作:ワン・ツォンジュンワン・ツォンジュン 撮影:カオ・ユー 出演:デュオ・ブジエ、チャン・レイ、キィ・リャン、チャオ・シュエジェン、マー・ツァンリンほか 上映時間:88分 配給:2004中/ソニー
“神が住む山”と称されるチベット山岳地帯の秘境“ココシリ”──。海抜4700m、零下20℃、空気濃度は地上の1/3という想像を絶する過酷な大自然を舞台にくり広げられる物語。実話に基づいた見ごたえのある骨太映画である。


高値で取り引きされるチベットカモシカ(超高級毛織物の原料)が乱獲され、その生息数は、20年の間に、100万頭から1万頭に激減した。そんな悪質な密猟を取り締まるべく民間の山岳パトロール隊が結成された。ところが、この取り締まりには、想像を絶する命がけの戦いが待っていた……。
過酷な自然環境下で、何名ものパトロール隊が命を落とす。ある者は流砂に。あるものは寒さに。ある者は飢えに。ある者は高山病に。ある者は敵の銃に。命を奪われる。ココシリの自然を守る代償としての「死」、その重さはいかばかりか。
驚くことに、このパトロール隊には資金がない。隊員には1年間給料が支払われていないのだ。そして、ときに彼らが密猟者から押収したチベットカモシカの毛を売りさばいて資金調達をしていたという事実も……。倫理的・法律的矛盾との葛藤を強いられながらも、パトロール隊は身を粉にして任務を全うする。みずからの存在意義と共生哲学を信じて。
パトロール隊員を演じる俳優たちの熱演が光る。まるでその過酷な職務に命を捧げた人たちの魂に寄り添うかのようだ。隊員たちの強靭な意志と執念は、物質的豊かさによって弛緩したわれわれ文明人の背筋を正すに十分な力を秘めている。
ちなみに、この物語には、パトロール隊に密着取材する北京在住のガイ(チャン・レイ)という記者が登場する。チベットに不案内な観客は、ココシリの現状を知ろうとする彼のニュートラルな視点を通して、チベットに生きる者たちの民族性や死生観、共生哲学、そして切実な生き様に触れることができる。こうした映画構造面での丁寧さは大いに評価したい。
“神が住む山”と称するにふさわしいココシリの自然が、息をのむほど神秘的だ。しかし、いかにそこに崇高な神が住もうとも、人間たちが日々、泥水をもすすりながら必死に生きているのも事実。混じりけのない壮大な大自然と、清濁を併せ呑む人間。そのコントラストが、見る者の心をゆさぶる。
撮影は現地ココシリで行われたという。それは、映画という“作り事”に甘えようとしないスタッフの執念にほかならない。180日におよぶ長期ロケのなかで、スタッフの多くが高山病で体調を崩し、ときに点滴を打ち、ときに酸素バッグを抱え、ときに救急車を待機させながら、過酷な撮影に挑んだという。その映画作りにかける勇敢さと自己犠牲の精神が、身を挺してココシリを守ろうとするパトロール隊の“熱い生き様”と重なる。

お気に入り点数:85点/100点満点中

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