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映画批評「愛と死の間で」

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2006.7.11 映画批評
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8月12日公開の「愛と死の間で」。
監督・製作:ダニエル・ユー 共同監督:リー・コンロッ エグゼクティブ・プロデューサー:アンディ・ラウ、リ・ナン、ユー・ドン 脚本:ダニエル・ユー、リー・コンロッ 出演:アンディ・ラウ、チャーリー・ヤン、シャーリーン・チョイ、アンソニー・ウォン、アンバー・シュー、ラム・シュー、ホイ・シウホン、ジジ・ウォン ほか 上映時間:102分 配給:2005香港/ムービーアイ
外科医コウ(アンディ・ラウ)の妻(シャーリン・チョイ)が事故死。コウは忙しさにかまけて妻との約束をいつも破っていた自分を責める日々を送っていた。そんなある日、偶然出会ったユンサム(チャーリー・ヤン)という女性に、亡き妻の心臓が移植されていることを知る…。
やがて、ユンサムが末期の病に侵されていることを知ったコウは、亡き妻の心臓をもつユンサムを一人で逝かせてはならないと、彼女に残された時間を一緒にすごす決意をする…。


心臓をめぐるラブストーリー。
この物語ではダレとダレが愛しあっているのか、その関係がとても複雑である。
コウは亡き妻の心臓をもつユンサムに“なぜか”惹かれ、ユンサムはドナーの主人(つまりコウ)に“なぜか”惹かれてしまう。
“なぜか”である。
その“なぜか”、のカギを握っているのは、言うまでもなく、亡き妻の心臓である。
おそらく亡き妻の心臓がなんらかの意識(念)をもっており、その意識がコウとユンサムを近づけさせているのである。
心臓に意識?
死者の魂をテーマにした作品は数あれど、心臓に意識があるという設定はまれ。これぞ究極のラブストーリか。
映画のキャッチコピーはこうである。
妻は生きている。彼女の中で——
最愛の妻を亡くしたコウの気持ちは、わからないではない。心臓に意識があるというのも、ロマンティックでいいだろう。
が一方では、もし本当に亡き妻の心臓に意識があるとすれば、ユンサムという「個」は一体どこへ行ってしまうのだろう、とも考えてしまう。
そういう意味では、唯物論者はもちろん、倫理観の強い人にはなじみにくい設定であり、ファンタジーとして見た場合にも、その強引さは否めない。
ただし、映画を楽しむのであれば、無用な詮索はしないに超したことはないだろう。
心臓に意識があろうとなかろうと、亡き妻の意識がユンサムにコンタクトしていようがいまいが、ダレかが運命をあやつっていようといなかろうと、最終的にはコウとユンサムが、人間対人間として向かい合う瞬間——そのときにふたり去来するせつなくも安らかな気持ちを見守ってあげようではないか。
愛は語り尽くせない。人生は複雑を極めている。であるなら、驚くほどシュールで大胆な、こんな物語があってもいいのかもしれない。
ラストでユンサムが残すモノローグは、この作品最大の見どころである。
“愛”ではなく、“感謝”で物語が締めくくられていたことに、なぜか、安堵の胸をなでおろす自分がいた。


お気に入り点数:60点/100点満点中

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