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映画批評「鬘(かつら)」

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2006.7.26 映画批評
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8月5日公開の「鬘(かつら)」。
監督・脚色:ウォン・シニョン 脚本:ド・ヒョンジョン 出演はチェ・ミンソ、ユソン、ムンス、ギソクほか 上映時間:102分 配給:2005韓国/ソニー
死の病に冒されていたスヒョン(チェ・ミンソ)は、科学治療のせいで髪の毛を失ってしまった。余命をすごすそんなスヒョンに、姉のジヒョン(ユソン)は、長い黒髪の鬘(かつら)をプレゼントする。
その鬘を身につけて以来、スヒョンはまるで別人になったかのように活き活きとなる。が、美貌を手に入れた一方で、スヒョンは黒髪の幻覚を見るようになり、やがて、姉妹の周辺で奇怪な現象が次々と起こり始める…。


髪の毛には、なぜか怖さがある。とくに人形や鬘に用いられる黒い長髪に。それは、日本の怪談にしばしば登場する日本人形のせいなのだろうか? それとも髪の毛が本来備えている“伸びる”という特性のせいだろうか?
そんな長い黒髪の鬘に、もし人格が宿ってたとしたら?
作られるべきではなかった鬘——そう、その鬘はある死者の毛で作られたものであった。
本作では、ヒジョンを見守る姉ジヒョンの視点と、観客の視点がほぼ同一軸となる。つまり、鬘に呪われたスヒョンの変貌ぶりや続発する奇怪な現象をまのあたりにする姉ジヒョンの恐怖を、観客はダイレクトに体感させられるのである。
しかも、姉のジビョンは以前に交通事故が原因で声を失っているため、恐怖に対して叫び声ひとつ上げることもできない……!
失声が意味するものは、恐怖と緊張感の増幅である。叫び声や助け声を上げることができないということは、呪いが住み着く自宅のあらゆるドアと窓に頑丈な鍵をかけているに等しい。
声もたぬ姉ジビョンがのどをふるわして戦慄するたびに、観客は脈拍のシフトアップを強いられる。
鋭利なナイフや斧が光るわけでも、チェーンソーの回転音が聞こえるわけでも、内臓や目玉がえぐりだされるわけでもない。
あるのは、人格を感じさせる鬘のみ。
がしかし、その象徴的なモチーフこそが、精神的恐怖を呼び起こすパワーソースとして大きな役割を果たしているのである。
併せて、ホラー映画としての(映像、音響的な)常套手段をてらいなく織り交ぜながらも、姉妹のあいだにふつふつと沸き上がる愛憎や嫉妬、憐愍などをも克明に描き出している点、なおかつ、その姉妹のあいだに安易なハッピーエンドを用意しなかった点も、この不気味な作品のラストとしては相応だろう。
ただし、鬘の謎が解明されるくだりは、あまりにもご都合主義で、映画的な致命傷を抱えているので、そこに目をつぶれるかつぶれないかで、この映画の見方も大きく変わってくるだろう。
死期の迫った妹と、言葉を話せない姉、この難しい役どころを演じたチェ・ミンソとユソン。ふたりの気迫みなぎる演技は注目に値する。


お気に入り点数:45点/100点満点中

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