山口拓朗公式サイト

「あなたを忘れない」

Pocket

2006.12.27
movie%2Canatawowasurenai.jpg
1月27日より松竹東急系で公開される日韓合作映画「あなたを忘れない」の試写。
監督・脚本:花堂純次 脚本:J・J・ミムラ 主題歌:槇原敬之 出演:イ・テソン、マーキー、金子貴俊、ソ・ジェギョン、浜口順子、ジョン・ドンファン、大谷直子、原日出子、竹中直人ほか 上映時間:130分 配給:2006日・韓/ソニー
2001年1月26日、JR新大久保駅。ホームから線路に転落した男性を助けようとして線路に降り、犠牲になった26歳の韓国人青年、イ・スヒョンさんの実話をもとにした作品である。


6年前の事故を記憶している人も多いだろう。
イ・スヒョンさんと、同じく犠牲になったカメラマンの関根史郎さん(当時47歳)の勇気を讃える声が日本中であがった。
多くの人が考えたのではないだろうか。
自分ならどうしただろうか? と。
が、
「私も線路に降りたはず」
「私は線路に降りられなかったと思う」
そんなふうに簡単に自答できるものではないだろう。
思うに、
その瞬間に線路に降りる、降りないは、判断という概念ではなく、“魂”——その人の生き様や人柄、信念などに裏打ちされた——次第なのではないだろうか。
状況がどうあれ、線路に降りずにはいられなかった“魂”。
当時、そんなふうにでも考えなければ、彼らの勇気と慈悲深い行動の理由を説明できないような気がしたものである。
今もその私見に大きな変化はないが——。
~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・
兵役を終えて念願の日本留学を果たした青年イ・スヒョンは、あるとき、プロのシンガーを目指す少女ユリと出会う。ふたりはゆっくりと友情を育み、その感情を恋へと高めていった。が、オーディションの最終選考に残ったユリが、間もなく夢を叶えようとしていたそのときに……悲劇は起きた。
本作は純粋なノンフィクションではない。スヒョンという実名を使った大まかな背景設定と新大久保駅での事故死を除けば、エンターテインメントとして楽しめるよう、脚本は基本的に一から作り上げられている。
ゆえに、映画としての評価が非常に難しい。
日本が好きで、日本に留学し、ときに、日本人や日本社会に傷つけられながらも、希望を胸に日一日と成長していく青年。優しいだけではなく、「弱きをたすけ、強きをくじく」。そんな精神を持ち併せている主役のスヒョンは、おそらく、実際のスヒョンさんにかなり近い人柄で描かれているのだろう。
そこは評価したい。
ただ、事故のニュースの記憶がまだ鮮明に残っているだけに、実際に起きた韓国人留学生による尊い行為と、“音楽”や“恋愛”という、いかにも分かりやすいドラマ性を盛り込みながら進む青春物語のあいだに、大きな乖離を感じずにはいられなかった。
(事故からわずか6年という)この時期に映画化するのであれば、なおさらに、安易な脚本を用意するのではなく、実在した韓国人青年の素顔や生き様をもっとリアルに描いもらいたかった。
加えて、映画的にも、ラスト15分という重要な局面において、大きなふたつの不満を感じた。
ひとつは、事故のシーンがリアルでないこと。
何もむごたらしいシーンを望んでいるのではない。ただ、現場の一刻を争う切羽詰まった緊張感が微塵も感じられず、あまりに非現実的な演出が加えられていたことに憤りを感じた。
非現実的な演出——迫り来る電車の前で仁王立ちするスヒョン。
当時の目撃談をもとに再現したシーンとはいえ、そこからは、なにか人間本来の感情や行動が排斥されているように思えてならなかった。
達観した仏様のような表情で迎える落ち着き払った最期。その描き方で本当によかったのだろうか?
その瞬間、動揺、緊張、あせり、恐怖……あらゆる感情のうねりが、スヒョンさんをのみ込んでいたのではないだろうか? あるいは、あらゆる感情を寄せつけないほど救出に集中していたか——。
6年前の事故に基づいた映画であるならば、せめて事故当時のスヒョンさんの心理状態、そこだけはリアルかつ丁寧に描写する必要があったのではないだろうか?
もしそうしないことが、遺族や事故を記憶する観客に対する配慮だとするなら、この作品は、なにか大きな勘違いをしているような気がする。
必死さの伝わらない、きれいな、美化されすぎた肝心要のシーン。
それは事実の不当な歪曲とはいえないだろうか?
もうひとつの不満は、事故前後の時系列。
本作品では、「オーディション直前にスヒョンの死を知らされるユリ→悲しみを押さえてステージに立つ」という流れになっているが、楽屋で激しく取り乱したユリが、次の瞬間には毅然とステージに立つ姿は、どう見ても異様……とうか、正確な精神分析がなされていないように思えた。
愛する人の死を乗り越える姿を描くにしても、それが彼の死の直後(おそらく15分ほど)であることに、乱暴さと都合のよさを感じた。
そんな強引な展開をするくらいなら、「ユリがオーディションのステージに立つまさしくその瞬間に事故に遭うスヒョン→ステージ後にスヒョンの死を知るユリ」という脚本で、十分に物語の体裁は整ったと思うのだが、いかがだろうか?
全体的にいえることだが、モチーフの“悲劇(美談)”に頼りすぎているせいなのか、人間の微細な感情や精神状態の表現が甘いように思えた。
深遠なモチーフにもかかわらず、底が浅い……というか、“ちぐはぐ”というか“あべこべ”というか……。
それだけ、まだ記憶に新しい史実を映画化することは、難しいということなのかもしれないが。
ただ、そうしたなかでも、日韓合作らしく、日韓の認識の隔たりや慣習の違いなどにフォーカスしたいくつかの興味深いシーンも見受けられたし、ユリを演じたバンド「HIGH and MIGHTY COLOR」のボーカル、マーキーの初心者とは思えないほど豊かな演技力も堪能できた。
イ・スヒョンさんと関根史郎さんへのレクイエムとなる映画「あなたを忘れない」。
ふたりの勇気と愛を、広く世の中と後世に伝えようという心意気を認める一方で、なにか釈然としない演出に物申したくなった1本であった。

↓ほうほう、と思った方はポチっとお願いします★
人気blogランキングへ

お気に入り点数:45点/100点満点中

記事はお役に立ちましたか?

以下のソーシャルボタンで共有してもらえると嬉しいです。

 ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓ ↓
Pocket