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映画批評「再会の街で」

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2007.12.14 映画批評
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12月22日公開の「再会の街で」。
監督・脚本:マイク・バインダー 製作:ジャック・バインダー、マイケル・ロテンバーグ 撮影:ラス・オルソーブルック、ASC 衣装:デボラ・L・スコット 音楽:ロフト・ケント 音楽スーパーバイザー:デイヴ・ジョーダン 出演:アダム・サンドラー、ドン・チードル、ジェイダ・ピンケット=スミス、リヴ・タイラー、サフロン・バロウズ、ドナルド・サザーランド 上映時間:124分 配給: 2007米/ソニー
舞台はニューヨーク。仕事と家族に恵まれ、幸せに暮らす歯科医のアランは、ある日偶然に、大学時代のルームメイト、チャーリーと再会する。チャーリーは“9.11”で妻子を亡くし、PTSD(心的外傷後ストレス障害生活)の痛手を負いながら自失の生活を送っていた。そんなチャーリーを心配したアランは、彼を元気づけようといろいろなアプローチを試みるが……。


【注:やや内容に言及しています】
友情の物語であり、やさしさの物語であり、希望の物語である。
悲しみの深淵に立つチャーリー。彼の精神状態は相当に不安定だ。病んでいる。常にヘッドホーンで耳をふさぎ、周囲の世界を遮断し、孤立し、逃避している。
それ自体は致し方のないことだと思う。愛する妻子を一瞬にして失った人間に対して、周りの人間に何が言えるだろう。ましてや、その行動がどれだけ奇異であれ、それを批判することがダレにできるだろうか?
とはいえ、チャーリーの引きこもりグセや、コミュニケーション能力の欠如、ときに見せる重苦しい言動や凶暴さは、周囲の人間にフォローの余地を与えない。アランの何気ない気遣いにさえ、突如として、脅え、傷つき、逆ギレする。
アランの顔に飲み物をかける。アランの職場で大暴れする。父親の訃報を受けたばかりのアランに対して「中華料理でも食いに行こう」と脳天気なことを言う……。
どの状況においても、アランはチャーリーに絶縁状をたたきつける権利があったし、もしもアランの立場であったら、きっと多くの人が絶縁状をたたきつけたであろう。
ところが、アランはたたきつけるどころか、絶縁状を手に取ろうとさえしなかった。どんなにひどい仕打ちを受けても、終始、アランはチャーリーをかばい続け、彼の精神の回復と彼の幸せを強く願った。親がわが子に与える“無償の愛”に近い愛を、アランはチャーリーに与え続けた。
その友人を思う誠実さ、真摯さに、胸を打たれる。
結局、物語の終盤にきてもなおチャーリーに劇的な回復は見られない。ただ、回復の兆しがまったくなかったかといえば、そうではない。チャーリーがアランにわずかにほほ笑む。そんなショットに、この映画は無限大の希望を重ね合わせている。
チャーリーが受けた心の傷が治るまでには、まだまだ長い時間がかかるだろうし、もしかしたら死ぬまで治ることはないかもしれない。でも、周囲の人間が愛情をもって粘り強く手を差し伸べる限り、希望は決して失われない。それこそが本作最大のテーマである。
一方、よく言えば純真無垢、悪く言えば幼稚なチャーリーと一緒になって、原付スクーターやオールナイト映画、バンドセッション、TVゲーム……等々で遊ぶアランが、逆に、チャーリーから人生の喜びを教えられる展開も美しい。
つまり、一見、単方向のように見えたアランとチャーリーの関係が、実は紛れもない双方向であったということ(アランはアランで人生に息苦しさを感じていたのである)——。その視点を巧みに盛り込むことにより、ヒューマニズムを立体的に描き出した点も、評価すべきだろう。
随所に差し込まれる70~80年代のナンバーが、物語に彩りを添えている。ザ・フーの「Love, Reign O’er Me」(映画の原題は「Reign Over Me」)もいいが、ブルース・スプリング・スティーンのアルバム『リバー』をフィーチャーしているのもナイスだ。このアルバムは、カラっとはじけたまっすぐなロックと、ザラついた感情を吐き出すようなスローナンバーが混在する隠れた名盤だ。そのなかから、もっともアッパーな「OUT IN THE STREET」をアランとチャーリーがセッションするシーンは最高にイカしている。童心は、帰るものではなく、呼び起こすものなのだと気づかされる。
アランを演じたドン・チードルの人間味あふれる演技もさることながら、チャーリーを演じたアダム・サンドラーの演技は一世一代。後世に語り継がれるであろう名演を披露している。
それにしても、ひとつの悲劇が、周囲を巻き込みながらどれほど当事者や家族の人生を狂わすかを、この作品を通じて、改めて思い知らされた。チャーリーが直面したのと同等の悲劇が“9.11”で一体いくつ生まれたのか、その後の報復戦争で一体いくつ生まれたのか、そのことを考えるだけでも暗澹たる気持ちになる。
ただし、どんなに残酷なテロも、どんなに強力な爆弾も、どんなに硬い銃弾も、人間の愛や希望やコミュニケーションを抹殺することはできない。そのことを力強く証明してくれているのも、この作品にほかならない。いい映画である。
シリアスだがユーモアを忘れていない。そのあたりのサジ加減も絶妙。本作「再会の街で」を見終わると、思いも寄らぬ感謝の念と共に、自分に手を差し伸べてくれる人たちの顏が自然と思い浮ぶだろう。


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