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「いつか眠りにつく前に」

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2008.1.17
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2月23日より公開される「いつか眠りにつく前に」の試写。
監督:ラホス・コルタイ 原作・脚本:スーザン・マイノット 脚本:マイケル・カニンガム 出演:クレア・デインズ、ヴァネッサ・レッドグレイヴ、グレン・クローズ、メリル・ストリープ、ナターシャ・リチャードソン、トニ・コレット、パトリック・ウィルソン、ヒュー・ダンシー、メイミー・ガマーほか 上映時間:117分 配給:2007米/ショウゲート
人は死ぬときに、自分の歩んできた人生について、何を思うのだろう。嬉しかったこと、楽しかったこと、つらかったこと、悔しかったこと……、一体どんなことを思い出すのだろう。


注:内容にやや言及しています。
死期が迫った老女(アン)が、病床で若かりしころをふりかえる。彼女の人生にとって大きな分岐点があった時代のことを。
一方、老女を看病するふたりの娘は、老女のうわごとに出てくる、これまで耳にしたことのない名前にとまどう。そして、うなされる老女の姿を見て心配になるのだ。
母の人生は幸せだったのだろうか? と。
若かりしころと現代を行きつ戻りつしながら物語は進む。とくに、(アンを含め)思い出に登場する人物たちの描写がとても丁寧だ。それぞれに悩みや不安を抱えながら生きている。それらは他者から見える部分と見えない部分とが半々ずつあり、ダレもが両者の均衡を保ちながら生きている。
好きな人がいながらも(やむなく)ほかの人と結婚する女性、一行も書くことができない小説家志望のアル中男、誠実に人生を歩む町医者。そして、最愛の人と一夜の契りを交わしながらも、ある男の死が原因して、永遠に結ばれることのなかった主人公のアン——。
この映画は、そんなアンと、彼女の人生を取り巻く人々の人生を掘り下げつつ、一方では、病床のアンに寄り添うふたりの娘の人生をもオーバーラップさせた多重構造になっている。ふたりの娘にもそれぞれに悩みや葛藤があり、克服しがたい問題をいくつか抱えながら生きている。死を目前にした母を見守りながら、娘たちも自分の人生について自問自答をくり返す。
もちろん、そうした人生のあやまちや挫折ばかりを思わせぶりに描いているわけではない。むしろ、「いつか眠りにつく前に」は、そうした波乱万丈の人生もまた愛しく価値あるものとして、あたたかいまなざしを注いでいる作品といえるだろう。
演出と編集、それにプロットが粋だ。若かりしころ、人生に迷う友人のベッドにもぐり込んで励ましたアンが、数十年後に、病床の自分のもとを訪れたその友人に逆に励まされる。あのころよりずいぶんしわくちゃになった手と手、顔と顔を突き合わせながら。お互いの人生をねぎらうように……。人生はたしかに不可解だが、捨てたものじゃない、と思わせるシーンだ。時空をさまよっていたアンの人生を、ワンシークエンスでまとめ上げた制作者の手腕に脱帽である。
晩年のアンを演じたヴァネッサ・レッドグレイヴや、同じく晩年の友人に扮したメリル・ストリープらベテラン女優に加え、アンの娘役として脇を固めたトニ・コレットも存在感を示していた。そして脚本は、孫を含めた三世代のつながりまでをも見せながら、シンプルで美しい叙情詩を描いている。
人間の表情を撮るのがとても巧く、ひとりひとりのキャラクターが立っている。これは「海の上のピアニスト」や「華麗なる恋の舞台で」などで撮影監督を務めたラホス・コルタイ監督の才腕にほかならないだろう。撮影のみならず、映画作りの職人的な技量とセンスを駆使して、経験豊富な大人たちが鑑賞するに十分な物語を紡ぎ上げている。
女性に視点が置かれているため、男性よりも女性のほうが感情移入しやすいかもしれない。

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