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「アイ・アム・レジェンド」

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2008.1.25
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公開中の「アイ・アム・レジェンド」を鑑賞。
監督:フランシス・ローレンス 出演:ウィル・スミス、アリス・ブラガ、サリー・リチャードソン=ホイットフィールド、ウィロー・スミス、チャーリー・タハンほか 上映時間:100分  配給:2007米/ワーナー
2012年。人類が見舞われたある未曾有の危機により、ニューヨークで生き残ったのは、科学者のネビルと愛犬のサムだけだった。ほかの生存者を求めてAM電波で自分の声を流し続ける彼は、絶滅の危機から人類を救うべく、行動を開始する。


注:内容にやや言及しています。
“都市の荒廃”に“新種のウイルス”に“ゾンビ”……。「アイ・アム・レジェンド」は、出尽くすだけ出尽くしたともいえるネタを、あえてフル活用した映画である。
ハっとさせられるような目新しさはない。
でも、面白いのだ。
すっかり荒廃し、まったく人気のないニューヨークで主人公のネビルが、たったひとりで生活する——。悔しいが、その設定だけで好奇心をくすぐられてしまう。
そして、その好奇心につけこむように、この作品は、なぜニューヨークの街に誰もいないのか、その理由をしばらくは明かさない。だが、そのじらし方もほどよい程度だ。ある目的のために、忍耐強くルーティーンをこなすネビルの日常を通じて、謎めいた設定の全貌が少しずつ明らかになっていく。
注目すべきは、ネビルが何をしようとしているのか、である。通常、こうした世紀末的荒廃を描いた作品では、「オレだけは最後まで生き抜いてやる!」的なサバイバルストーリーに向かいがちだが、ネビルの場合、単純に、自分が生き残ることだけを目的にはしていない。
彼は保身のためではなく、何かを救うために生きている。そこに、ストーリーとしての厚みと、人間描写をするうえでの魅力が生まれる。また、ネビルの胸のうちには、都市の荒廃にまつわるある大きな後悔があり、そこに起因する葛藤と焦燥が、作品に一種独特の色を与えているのである。
ディテールにも興味深いシーンがいくつかある。たとえば、ネビルは街にダレもいないにもかかわらず、レンタルCD屋で借りたCDを律儀にも返却しにいく。しかも彼は、その店先や店内にマネキンを置き(ネビルはマネキンに名前も付けている)、物言わぬ彼らとふつうに会話をするのだ。「やあ、元気かい?」というような。
街にひとり取り残された人間の心理がどのようなものかを想像するのは、たやすくないが、このレンタルCD屋のシーンひとつをとっても、精神破綻の領域に片足を踏み込んでいるネビルと、それでもなんとか理性を保とうとするネビルの、目に見えない攻防がくり広げられている。
ゾンビアクションへと以降していく中盤から後半にかけては、ビジュアル的な迫力を重視した映像が増えるものの、そこでもネビルが掲げる「ある目的」が防御壁となり、ヒューマンドラマとしての資質がスポイルされることはない。
クライマックスは、“世紀末的な荒廃”を背景としている割には、かなりミニマムなスケール感。しかしながら、このミニマムさのなかで、人類にとって極めて大きな希望を見据えているところに、この作品の深みがある。
ゾンビ一掃作戦でもなければ、 お約束なサバイバルスリラーでもなく、積み重ねた努力から生まれた小さな結晶を未来へとつなげていく展開。なかなか粋である。
本作「アイ・アム・レジェンド」は、一見すると、やりつくされたハリウッド大作の成れの果てのイメージだが、その実は、人間のメンタリティに重きを置いた見どころの多い佳作である。
時折挟まれる、ネビルの家族に対する回想描写のピントが甘く、メインストーリーの展開に効いてこなかったのが残念だ。

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