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「宮廷画家ゴヤは見た」

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2008.9.28
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10月4日より公開される「宮廷画家ゴヤは見た」。
監督・脚本:ミロス・フォアマン 脚本:ジャン=クロード・カリエール 出演:ハビエル・バルデム、ナタリー・ポートマン、ステラン・スカルスガルドほか 上映時間:114分 配給:2006米/ゴー・シネマ
舞台は18世紀末のスペイン。宮廷画家のゴヤ(ステラン・スカルスガルド)がかつて肖像画を描いたことのある少女イネス(ナタリー・ポートマン)が、ユダヤ教だと疑われてカトリック教会の異端審問所に囚われてしまう。イネスの父は、イネスを救おうと神父ロレンソ(ハビエル・バルデム)を自宅のディナーに招待するが……。


18世紀から19世紀にかけて活躍したスペインの画家フランシスコ・デ・ゴヤ。彼は宮廷に従事する一方で、スペインがナポレオン軍の支配下に置かれて以降の動乱期には、権力や戦争に対する風刺的な作品も多数発表した近代画家の先駆けだ。
そんな画家の名前を冠した本作「宮廷画家ゴヤは見た」だが、そのタイトル名とは裏腹に、内容は巨匠作家の生涯に迫る、という類の伝記物語ではない。ゴヤは重要なキーマンでこそあれ、ストーリーは、あくまでもゴヤの生きた時代を背景にしたフィクションである。
収監中に精神を病んでしまった少女イネスと、多面的な顏を持ち、“権力”こそを貴ぶ神父ロレンソ。このふたりこそが本作の真の主人公だ。
ふたりの波乱万丈な人生を透かして見えてくるのは、価値の定まらない社会に生きる難しさだ。主人公ふたりの悲劇的な末路はその証左だが、彼らが禁断の情事に足を踏み入れた結果、“新たな悲劇”が生み落とされた点も見逃せない。世代を超えてもなお引き継がれる運命の呪縛……。人生とはなんと奇妙で不可解なものだろうか。
“支配者”と“価値観”が目まぐるしく変わる時代のなかで、「神」という言葉が、他者を支配するプロパガンダツールとして、あるいは保身のための隠れ蓑として、都合よく使われる。本質をとらえにくい混沌の社会に生きる人々は——王家も神父も兵士も庶民も関係なく——まるで泥舟に乗り合わせているかのような心もとなさだ。
そうした動乱期に、常に社会を冷静かつ客観的に見つめ続けた人物、それがゴヤだ。彼は、王室や貴族の御用達画家である一方で、戦争の悲惨さや人々の貧しさを伝えるメッセージ性の強い作品も積極的に描き続けた。ゴヤの作品の一つひとつが、イネスやロレンソが生きた時代背景を雄弁に物語るという演出は、画家をキーマンに起用した本作最大のアドバンテージだろう。
ただし、イネスとロレンソを軸にした異形のラブロマンスに対する好き嫌いは分かれるだろう。また、ミロス・フォアマン監督が紡ぎ上げた絵作りの華麗さはサスガの一言だが、主要な登場人物の内面への踏み込みがいささか甘く、その心理描写は今ひとつ表層的。とどのつまり観客は、大味な展開を楽しむのが関の山となる。
充実のキャストは、ハビエル・バルデムとナタリー・ポートマンという両翼が、それぞれ存在感のある突出した演技を披露する一方、ゴアに扮したステラン・スカルスガルトの、抑制の利いた演技も見ごたえ十分だ。実力派の俳優に恵まれたことが、これ幸いな1本ともいえるだろう。

お気に入り点数:60点/100点満点中

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