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映画批評「マン・オン・ワイヤー」

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2009.6.16 映画批評
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公開中の「マン・オン・ワイヤー」。
監督:ジェームズ・マーシュ 撮影:イゴール・マルティノビッチ 音楽:マイケル・ナイマン、ジョシュア・ラルフ 出演:フィリップ・プティ、ジャン・ルイ・ブロンデュー、アニー・アリックス、ジム・ムーア、マーク・ルイスほか 上映時間:95分 配給:2008英/エスパース・サロウ
1974年、ニューヨーク世界貿易センターのツインタワーに1本のワイヤを張り、上空411mで空中散歩した伝説の綱渡り師フィリップ・プティ。彼の偉業(のちに『今世紀最大の犯罪芸術』と呼ばれた)を伝えるドキュメンタリー映画。2008年度アカデミー賞最優秀ドキュメンタリー賞受賞作品だ。


プティは現在59歳。これまでに、数々のリスキーな綱渡りを実現させ、世間のド肝を抜き続けてきたが、なかでも、もっとも強烈なインパクトを残した伝説的パフォーマンスが、プティが24歳のときに成し遂げたツインタワーでの偉業だ。この映画は、その偉業達成に至るまでのプロセスを中心に、プティ本人と、プティの計画に協力した仲間の証言、それに再現ドラマを織りまぜて構成したスリリングな作品だ。
現役の高所パフォーマーとしては、世界中の建造物を素手&命綱なしでよじ登る通称「スパイダーマン」ことアラン・ロベール氏が有名だが、プティのパフォーマンスは綱渡り。どちらも高難度なパフォーマンスだが、仕込みの手間という点では、間違いなく「綱渡り」に軍配が上がるだろう。仲間の協力なくしては実現不可能であるうえ、万が一、機材運搬やワイヤの設営中に誰かに見つかろうものなら、すべてが無に帰するというリスクを持ち合わせている。仲間たちが何ゆえ——もしかするとプティの死を手助けすることになるかもしれないのに——プティに協力しようとするのか、彼らの気持ちまでくみ取りながら見ると、この映画、いや、プティのパフォーマンスの価値が見えてくる。
本作では、ビルの入館許可証を偽造し、幾度となくビルに忍び込み、機材の運搬方法やワイヤの設営方法について慎重に検討を重ねるプティと仲間の様子が、ドラマ仕立てで再現されている。8カ月もの時間をかけて周到な計画を立てても、実際に綱渡りができるかどうかは、最後の一分一秒になってみなければ分からない、という状況が、圧倒的なスリルを生む。目的こそ異なれ、押し進めている計画は、金庫破りを目論む窃盗団のそれと同じである。
なぜプティは、死と隣り合わせのパフォーマンスに挑むのか? そんな問いを本人にぶつけるのは無粋だろう。あえてその答えらしきものを彼の発言に探すなら、「人生はエッジを歩いてこそ価値がある」という言葉のなかに片鱗をみつけることができよう。
プティは極度の権力嫌いでもあるが、2棟のタワーのあいだを歩く彼は、すこぶる自由だ。どちらのタワーにもすぐさま警備員や警察官が駆けつけるが、プティは綱渡りをやめず、45分にわたって、綱を8往復する。パフォーマンスをやめれば、警察に即逮捕される身。だから彼はギリギリのところできびすを返す。誰ひとりとして空中散歩するこの男のことを捕まえることはできない。完璧な治外法権。至極の自由空間。綱の上でプティは楽しそうに笑っている。
本作「マン・オン・ワイヤー」は、ツインタワーの偉業にあえて焦点を絞ったことで、詩的で芸術的で挑発的で独善的でユーモアあふれるプティという人間と、(準備を含めて)とてつもない労力を要する綱渡りパフォーマンスの全貌を浮かび上がらせることに成功している。
ただし、単純に綱渡りのスリルを味わいに劇場を訪れた人にとっては、関係者のインタビューや再現ドラマの類が、少し退屈に感じられるかもしれない。そういう方のために、という訳でもないが、最後のほうに、ツインタワー以降に彼が達成した偉業の数々(たとえば、エルサレムのユダヤ地区とアラブ地区を結ぶ綱渡りなど)をダイジェストで紹介する計らいがあっても良かったかもしれない。

お気に入り点数:70点/100点満点中

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