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映画批評「リミッツ・オブ・コントロール」

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2009.9.18 映画批評
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9月19日公開の「リミッツ・オブ・コントロール」。
監督・脚本:ジム・ジャームッシュ 撮影:クリストファー・ドイル 音楽:ボリス 出演:イザック・ド・バンコレ、ティルダ・スウィントン、工藤夕貴、ビル・マーレイ、ジョン・ハート、ガエル・ガルシア・ベルナル、ジャン=フランソワ・ステヴナン、ルイス・トサル、パス・デ・ラ・ウエルタ、ヒアム・アッバスほか 上映時間:115分・PG12 配給:2009スペイン・米・日/ピックス
スペインに来たコードネーム“孤独な男”(イザック・ド・バンコレ)に与えられた任務は、「自分こそ偉大だと思う男を墓場に送れ」という言葉だけであった。スペイン中を旅する彼の前に現れるのは、「スペイン語は話さないのか?」という合い言葉を口にする同じくコードネームを持つ人たち。彼らはそれぞれの情報を暗号化してマッチ箱に忍ばせている。“孤独な男”は、ついにある場所にたどり着き……。


ジム・ジャームッシュには、「映画監督」より「アーティスト」という呼び名が似合う。氏の影響力は映画界のみならず、ファッションや音楽、絵画の分野にも及んでおり、世界中のアーティストからリスペクトされている。つまり、氏の作品を見ることは、ジム・ジャームッシュというアーティストの才能に触れることにほかならない。「ミステリー・トレイン」(1989年)、「コーヒー&シガレッツ」(2003年)、「ブロークン・フラワーズ」(2005年)など、氏が送り出してきた作品の数々は、それぞれに比類なき独創性を備えながら、それでいてジム・ジャームッシュの世界以外の何ものでもない、という特徴をもっている。
本作「リミッツ・オブ・コントロール」は、ジム・ジャームッシュの作家性が極度に先鋭化された作品といえるだろう。肝心な説明描写はほとんどなく、主人公の素性や行動は終始靄(もや)に包まれている。楽しい映画を見たいなどという動機の持ち主はおろか、ジム・ジャームッシュという名前すら知らない人にとっては、相当にハードルの高い作品だ。この作品の内容を“理屈”という枠に押し込もうとすれば、劇場を出るころには疲弊していること請け合い。1800円をドブに捨てた気分になる人さえ出るだろう。
冒頭で“孤独な男”が任務を言い渡されるときに、同時に「想像力とスキルを使え。主観で構わない」というような言葉もかけられる。この言葉は“孤独な男”のみならず、劇場の観客に向けられた言葉でもあるのだろう。受け身で見ている限り、この映画を見たことにはならない。想像力を使うことで何かが見えてくる、いや、想像力を使わなければ、何一つ見えてこないぞ、というメッセージである。
任務中は携帯を使わず、SEXもせず、部屋で太極拳に精を出す。カフェでは必ずエスプレッソを2杯同時に頼む。“孤独な男”は同じくコードネームを持つ人たちとやり取りをくり返す。そのルーチンから見えてくるものは何なのか? この映画は、人間の想像力を喚起させると同時に、そこに、説明描写が常態化した映画の支配(コントロール)の限界(リミッツ)という皮肉を込めているようにも感じる。
ジム・ジャームッシュのファンにとっては、主人公がさまざまな人たちと出会うという展開に、たまらない魅力を感じるだろう。次々と登場する人物たちの十人十色の仕草や表情やファッション、それに、会話の行間からにじみ出るおかしさと怪しさ……。頭での理解もそうだが、それ以前に、映画には空気があることを教えてくれる作品でもある。
ティルダ・スウィントンやビル・マーレなど、ジム・ジャームッシュ作品の常連が次々と登場するのも楽しい。列車で主人公と向かい合うコードネーム“分子”に扮する工藤夕貴に至っては、まさしく「ミステリー・トレイン」の列車内で永瀬正敏と向かい合ったソレを思わせる。余談だが、(演技とはいえ)当時たどたどしかった工藤の英語が上達していることに、20年という歳月の長さを感じた。
本作「リミッツ・オブ・コントロール」は、年に数回しか映画を鑑賞せず、なおかつ映画を見てスカっとしたという方には、到底オススメできない。娯楽性という基準で評価するなら点数は10点未満だ。ただし、自分自身の未開の感性や想像力を掘り起こしたいという人にとっては、何かしらのインスピレーションを与えてくれるだろう。いずれにせよ、この幻想的で哲学的で不可解な映画が賛否を巻き起こすことは間違いあるまい。

お気に入り点数:70点/100点満点中

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