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映画批評「E.YAZAWA ROCK」

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2009.11.25 映画批評
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公開中の「E.YAZAWA ROCK」。
監督・製作:増田久雄 プロデューサ:村山哲也 撮影:瀬川龍 編集:熱海鋼一 出演:矢沢永吉 上映時間:90分 配給:2009日/東映
日本のロックシーンを語る上で外すことはできない伝説のバンド、キャロルのフロントマンにして、還暦を迎えた今もなおアリーナやスタジアム規模の会場を熱狂的なファンで埋め尽くすことができる永ちゃんこと矢沢永吉のドキュメンタリー。永ちゃんファンはもちろん、ロックや音楽好き、クリエイティブな表現活動に関心のある方にオススメの1本だ。


映画は直近の矢沢のライブリハーサルとライブ本番のパフォーマンスに加え、サイパン島で撮り下ろしたインタビュー映像などを中心に構成。その合間合間に、若かりし日の活動やオフショット、インタビュー映像などを挟み込んでいる。
この映画を見てまず驚いたのは、人を使うのがうまい、という矢沢の意外な一面についてだ。曲のアレンジにしろ、舞台演出にしろ、“矢沢永吉”という商品にかかわるものに対して、彼は細かく口を挟むが、そこにごう慢さは感じられない。矢沢は頭ごなしに「これこれをやれ!」と叱りつけるのではなく、「これこれはどうだ? やってみてよ。絶対大丈夫だから」といった具合に、相手を励ましながら導いていく。
矢沢の口から放たれる言葉は常に抽象的だが、その抽象は「あいまい」というよりは、「思いのこもったイメージ」だ。そして、そのイメージを具体的なカタチにしていくのは、それぞれの持ち場の職人たち(バンドマン、照明、音響、ディレクター等々)である。彼らは、自分を信じてくれる矢沢の心意気に応えようと高いモチベーションを持続する。そこに創造的な好循環が生まれる。
矢沢は自分の感性を絶対的に信じているが、同時に、自分に欠けているものを補ってくれる仲間たちの才能も信じている。ときに高難度な注文は、矢沢が与える愛のハードルであり、そこには「おまえならやれる!」という無言のメッセージが込められている。“矢沢永吉”という商品は、仲間たちの力を借りながらデザインされていく。矢沢に対して孤高でワンマンというイメージを抱いている人がいたら、この映画で見方が変わることだろう。
とはいえ、スターにはスターにしか分からない孤独や苦しみがあるもの。還暦を迎えた矢沢は、ふだんは表に出さない心情をインタビューのなかで吐露する。
「たぶん、ほとんど多くの人が『いいよな、お金いっぱい得てから、有名人で』って思うでしょ。でもそれと同じ大きさの、下手したらもっとすごく、この三十何年間苦痛なところもあった」。
そんな発言を、彼がかつて上梓したミリオンセラー本『成りあがり』(1980年)の内容と照らし合わせたとき、人生の深淵のようなものが見えてくる。当時、反骨精神旺盛に「オレ、絶対に金持ちになってやろうと思ってたよ」と書いていた男の、変化と成長に注目だ。
30年の時を経て、希代のロックスターはこうも言う。
「60歳近くなってくると、人は五十歩百歩、あんま変わらないと思ってますよってこと、分かるようになってきた」。
映画の終盤で矢沢が自身の人生を四季の移ろいに例える発言も印象的だ。多くの観客は、私たちの知るスーパースターは、神様でもなく、カリスマでもなく、情にもろく、繊細で、ちょっぴり照れ屋な人間なんだと知るだろう。
もちろん、メロディを生み出すことの才能と、それを歌い上げる才能、ステージでパフォーマンスを披露する才能は、他者の追従を許さないほど圧倒的だ。60歳にしてあれだけ肉体的にハードなステージができるのも奇跡的である。これから悠々自適な老後を送ろうとしている矢沢の同世代がこの映画を見たなら、ガツンと喝を入れられた気分になるだろう。
欲を言えば、ドキュメンタリーにしては、矢沢永吉の知られざる一面に切れ込もうとする映画制作者側の意志がやや微弱だ。近年の発言の多くは、あらかじめ設定されたインタビューのなかでのものだ。ふとした日常のなかで、図らずも写ってしまった矢沢の何気ない素顔や本音——そういうものが一つ二つ盛り込まれていれば殊勲賞だっただろう。
永ちゃんの生き様を知るには十分だが、矢沢永吉がセルフプロデュースしたドキュメンタリー風PVという雰囲気を感じてしまうのは、映画として少し残念なところである。


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