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映画批評「カティンの森」

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2009.12.8 映画批評
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公開中の「カティンの森」。
監督・脚本:アンジェイ・ワイダ 原作:アンジェイ・ムラルチク 撮影:パベウ・エデルマン 出演:マヤ・オスタシェフスカ、アルトゥル・ジミイェフスキ、マヤ・コモロフスカ、ヴワディスワフ・コヴァルスキ、アンジェイ・ヒラ、ダヌタ・ステンカ、ヤン・エングレルト、アグニェシュカ・グリンスカほか 上映時間:122分・R-15 配給:2007ポーランド/アルバトロス・フィルム
アンジェイ・ワイダ監督の「抵抗三部作」と呼ばれている「世代」(1954年)、「地下水道」(1956)、「灰とダイヤモンド」(1958)と、本作「カティンの森」を見比べると、ワイダ監督が50年以上に渡って変わらぬ映画作りをしてきたことが分かる。氏の作品は、戦争を歴史的な記号として扱うことをヨシとしない。
スクリーンを通じて、戦争に翻弄された人々の悲しみや苦悩がリアルに感じられるのは、1926年にポーランドに生まれた氏が、厳しい戦争時代を生き抜いてきたからにほかならない。皮膚感覚として戦争を知る氏の作品と、戦争ドラマを頭で作り上げた若きクリエーターの作品では、そのスタート地点における“切実さ”が違う、と断言してしまうのは少々短絡的すぎるだろうか?


1940年にソ連のカティンで行われたポーランド将校に対するソ連軍の大虐殺「カティン事件」を扱った「カティンの森」は、ワイダ監督が自身の集大成として全身全霊を傾けるに値する作品であったと思われる。なぜなら、ワイダ監督の父もこの事件の被害者のひとりだからだ。そういう意味では、ワイダ監督にとって極めて個人的な映画ともいえる。もちろん、亡き父の追悼だけを目的に撮った作品ではない。氏は戦争の記憶が薄れて久しい今だからこそ、戦争の確たる記憶を伝えたかったのだろう。そこに平和を希求するメッセージを込めつつ。
ポーランドは1939年9月1日にドイツ、9月17日にソ連に侵攻された。ソ連の捕虜となった約1万5000人のポーランド将校が行方不明になったのは、それから間もなくのことだった。行方の分からなくなったポーランド将校たちがカティンの森で遺体で見つかったのは1943年のこと。ドイツはソ連を糾弾したが、ソ連は逆にドイツによる犯罪であると主張した……。
捕らえられたポーランド人将校の心情以上に、彼らの帰りを待つ人々(とくに女性)の心情を描くことに時間を割いている。行方の分からなくなった夫を、兄を、息子を、父を待つ者たちの心細さ。彼女たちの気持ちは「5年前から希望が私の生きがいなの……」と語るある女性のセリフに凝縮されている。
特筆すべきは、ポーランドという国が常に他国の侵略を受け続けてきたことにより、「カティン事件」の真相がうやむやになった点だろう。ソ連やドイツの思惑により真実が嘘で塗り替えられていく不気味さのなか、遺族や将校の生き残りたちは大いに胸を痛める。そして誰かがこんな言葉を言うのだ。「教えて、私はどこの国にいるの?」。
そんな嘘を暴きにかかる終盤の凄惨な描写は、覚悟はしていても見るに耐え難い。それは死に行く者への憐れみというだけでなく、私たちと同じ人間が手を下した蛮行だということに対する辛さでもある。衝撃的な映像のあとに無音で流れるテロップが、天に召された魂のように思えてならなかった。
同世代の女性が複数登場するため、遺族側の相関を把握するのに少し手間どるものの、知られざる歴史をシリアスタッチで生々しく描き上げたドラマ自体は、無駄がないうえに余韻も厚く、映画のお手本ともいえる手堅いシーンの積み重ねによって成り立っている。ロシアではまだ商業上映に至っていないということだが、米アカデミー賞外国語映画部門へのノミネートをはじめ、世界各国での上映・受賞歴が、この映画に対する正当な評価であることに疑いの余地はないだろう。


お気に入り点数:75点/100点満点中

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