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映画批評「すべて彼女のために」

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2010.3.10 映画批評
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公開中の「すべて彼女のために」。
監督・脚本:フレッド・カバイエ 脚本:ギョーム・ルマン 出演:ヴァンサン・ランドン、ダイアン・クルーガー、ランスロ・ロッシュ、オリヴィエ・マルシャルほか 上映時間:96分 配給:2008仏/ブロードメディア・スタジオ 
舞台はフランスのパリ。国語教師のジュリアン(ヴァンサン・ランド)と出版社に勤める妻のリザ(ダイアン・クルーガー)は、息子と3人で仲むつまじく暮らしていた。ところが、ある日突然、リザが無実の罪で妻が逮捕されてしまった。無実を証明する策も尽きた3年後、リザには禁固20年の刑が言い渡された。人生に絶望したリザは自暴自棄に陥り……。


えん罪を扱った映画では、被告の「無罪の立証」にドラマの焦点を絞ることが多いが、この映画は「無罪の立証」にほとんど関心を示さない。リザの禁固刑が確定して以降のドラマに焦点を絞ったうえで、愛する妻のために命を張る夫の“執念”に迫った作品だ。
20年の禁固刑が言い渡されて人生に絶望したリザは、たまに面会に訪れる息子にも冷ややかな視線を浴びせられ、まさしく“泣きっ面に蜂”の状態。自殺が未遂に終わると、こんどは持病の治療に使っていたインスリン注射を拒否して“ゆるやかな自殺”を試みる。彼女の生への執着は明らかに弱まりつつあった。ジュリアンは、そんなリザを救い出す唯一の方法は「刑務所から脱獄させること」だと思い至る。
ジュリアンが計画の実行に向けて綿密な計画を練る過程がスリリングだ。元脱獄常習犯との面会。偽造パスポートの作成。刑務所内のリサーチ。丁寧かつリアルなディテール描写の積み重ねが、本来、荒唐無稽であるはずの「脱獄計画」に信ぴょう性を与えていく。
「脱獄をほう助する」ことで背負うリスクを、現役の国語教師が認識していないわけはあるまい。万が一、脱獄が失敗に終われば、リザのえん罪を立証することは永遠にできなくなるかもしれない。第一、息子はどうなる? 母親だけでなく、父親までもが刑務所に入ったときに、息子がどういう運命をたどることになるのか……。十分に理解しているはずだ。
にもかかわらず、ジュリアンは脱獄の計画を推し進める。消えかかろうとしている妻の“生のともし火”を消さないよう、あえていばらの道を選ぶ。ジュリアンの行動をバカだとののしるのは簡単だが、彼が妻を思う気持ちに横槍を入れることは誰にもできないだろう。観客は、法やモラルを凌駕する「究極の夫婦愛」を目にすることになる。
ジュリアンを演じたヴァンサン・ランドとリザを演じたダイアン・クルーガーの重厚な演技が、シリアスタッチなドラマをトルクフルにけん引する。とくに目と表情であらゆる感情を物語るランドの演技は神懸かり的。心情理解度の高い彼の役作りなくして、この映画は成立しなかったであろう。
ムダのないシーンを手際よく連ねた構成力も特筆に値する。ひとつのシーンに繊細な感情表現と複雑な脱獄計画の伏線を共存させ、それでいて説明的になりすぎる一歩手前で手を引く鮮やかさ。夫婦の絆とは別に、不仲だったジュリアンと父の関係や、リザと息子の関係をさり気なく進展させるあたりも手練の業。監督は本作が初長編作品だというフランスの有望株、フレッド・カバイエ。今後の作品に大いに期待したい。
なお「すべては彼女のために」は、ポール・ハギス(「クラッシュ」の監督、「ミリオンダラー・ベイビー」の脚本)によってリメイクが予定されている。深みのあるこの映画にハギスが惹かれた理由は理解できるが、問題はほとんど完璧に仕上げられた本作のクオリティをどこまで高められるかであろう。

お気に入り点数:80点/100点満点中

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