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映画批評「レポゼッション・メン」

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2010.7.14 映画批評
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公開中の「レポゼッション・メン
監督・ミゲル・サポクニック 原作:エリック・ガルシア 脚本:エリック・ガルシア、ギャレット・ラーナー 撮影:エンリケ・シャディアック 美術:デヴィッド・サンドファー 音楽:マルコ・ベルトラミ 出演:ジュード・ロウ、フォレスト・ウィテカー、リーブ・シュレイバー、アリシー・ブラガ、カリス・ファン・ハウテンほか 上映時間:111分 配給:2009米/東宝東和
舞台は近未来のニューヨーク。世の中には人工臓器が普及し、誰もが「お金さえ払えば」人工臓器を装着することができる。心臓や腎臓、肝臓あたりまでかと思えば、人工臓器メーカーのユニオン社は、眼球や鼓膜、膀胱、関節までラインアップしている。なかには、体のありとあらゆる臓器を人工臓器に替えている強者も。それほど高度な医療技術をもつ医師がどれだけいるのか? 臓器移植による拒絶反応はないのか? そんな疑問に答える気などさらさらなく、映画は人工臓器ビジネスがスタンダード化した世界を描く。


ユニオン社は、さまざまな商品(人工臓器)を高利ローンで売りつけ、莫大な利益をあげていた。購入者のローンの支払いが滞ると、臓器回収人のレポゼッション・メン(通称レポ・メン)が、債務者の人工臓器を回収するシステムを確立している。
大親友のジェイク(フォレスト・ウィテカー)とコンビを組んで活躍していたレミー(ジュード・ロウ)は、スゴ腕のレポ・メンだった。ところが、ある事故で心臓がダメージを受け、あろうことか自分が人工心臓を装着するはめになってしまった。高額なローンを返済するには、レポ・メンとしての職務をこれまで通りこなすしかなかったが、良心の呵責が芽生えたのか、レミーは債務者から人工臓器を取り立てることができない。人工臓器の支払いが滞ったレミーは、いよいよレポ・メンから追われる身となり……。
人口臓器を回収された人は、もちろん死に至るわけだが、この取り立てが合法化されているというから世も末。今で言うなら「トイチ」のヤミ金融が、その強引な取り立ても含めて合法化されているというわけだ。もっとも、そうした非人道的で荒れ果てた近未来を“荒唐無稽”と切り捨てられないところに、この映画の妙味があるわけだが。
レミーのレポ・メンとしてのジレンマを掘り下げるのかと思いきや、中盤以降は、ユニオン社が放ったレポ・メンから身を隠すレミー&ベスの逃亡劇をスリリングに描く。クライマックスとなるユニオン社内での至近戦は、バイオレンス・アクションファンがヨダレを垂らすであろう壮絶さ。そしてオーバーヒート寸前の「熱気」から一転、静寂の空間で用意されたレミーとベスのある行為は、「痛み=快楽」という官能の極致。彼らが重ねる鼓動に酔いしれる人もいれば、あまりのグロさに席を立つひともいるかもしれない。
エンディング間際に待ち受けている驚きの結末については、「賛」も「否」も出るだろう。ひとつ言えるとしたら、この結末から物語をふり返ることで見えてくる教訓がひとつある、ということだ。それは人工臓器回収にまつわる表向きのテーマとはまた別の、<支配>という言葉に集約される背筋の寒くなるような教訓である。
本作「レポゼッション・メン」は、サスペンスと社会批評性とブラックユーモアの3食材を、バイオレンス・アクションという名の大皿の上に盛りつけて、なおかつ、そのうえから近未来SF風ソースをたっぷりかけた無国籍風創作料理のような作品だ。娯楽作とはいえ、ヘタなスプラッターより流血量が多いので、血に弱い人は鑑賞を回避したほうが賢明だ。「ひねりのきいた近未来SF好き!」「ハード・アクション好き!」「ジュードの鍛えられた上半身が気になる……」という方々であれば、楽しめる要素は十分あるだろう。

お気に入り点数:65点/100点満点中
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