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映画批評「ザ・コーヴ」

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2010.8.12 映画批評
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公開中の「ザ・コーヴ
監督:ルイ・シホヨス 製作総指揮:ジム・クラーク 製作:フィッシャー・スティーヴンス、ポーラ・デュプレ・ペスマン 脚本:マーク・モンロー 音楽:J・ラルフ 出演:ルイ・シホヨス、リック・オバリー、サイモン・ハッチンズ、チャールズ・ハンブルトン、ジョー・チズルム、マンディ=レイ・クルークシャンク、カーク・クラック、C.スコット・ベイカーほか 上映時間:91分/PG-12 配給:2009米/アンプラグド
アカデミー長編ドキュメンタリー賞を受賞し、日本では上映中止問題で話題となった「ザ・コーヴ」。和歌山県太地町のイルカ漁に反対するクルーが撮影したドキュメンタリーだ。


本作を見れば、ドキュメンタリー映画というものの本質が理解できよう。簡単に言えば、ドキュメンタリー映画とは、作り手の主義・主張の場である。「いや、私は公平な立場を崩していない」「事実を伝えているだけだ」というクリエーターやジャーナリストもいるかもしれないが、「編集」という作業が入っている以上、そこに「公平」や「事実」という言葉を持ち出すことはできない。
しかしながら、ドキュメンタリー作品は、ときに公正、平等な顔をする。それは新聞や雑誌、ニュース番組などにも言えることだが(映画批評もその一つかもしれない)、公正だ平等だと言っているメディアに限って、自分たちがその言葉の不誠実さに毒されていることに気づいていない。それゆえタチが悪い。本当に「公正さ」「平等さ」を証明するならば、対象となる事象の全方位に設置したカメラで365日、24時間に渡って撮影したフィルムを全編公開するよりほかに手段はない。「編集」という魔術を使えば、公正、平等という便利な言葉を担保に“したり顔”をすることくらい誰にでもできるのだから。
「ザ・コーヴ」という映画も、当然、そうした前提のもとに鑑賞すべき映画であろう。もちろん、映画を見て何を感じるかは個々の自由だが、ドキュメンタリー映画である以上、そこに描かれたモノだけを愚直に咀嚼して、物事の善悪を判断することは危険極まりない。そうではなく、作り手の主張がどこにあるのか?——そこに意識をフォーカスするほうが、作り手の狙いや思惑が捉えやすい分、逆に、事象を俯瞰できるのではないかと私は思う。
いずれにせよ、本作ほど作り手の目論み通りに仕上がったドキュメンタリーも珍しいだろう。それは、すでに評判になっている地獄絵図のようなクライマックスシーンの撮影に成功したことがすべて、ともいえる。かつて見たことのない海の色をフィルムに収めた段階で、この映画は勝利している。勝利という言葉は適切ではないかもしれないが、少なくとも、本作はその決定的なシークエンスをもってして、観客に「未曾有の追体験」をもたらした。イルカ漁擁護派がどれだけ正しいロジックを積み上げたとしても、観客の視覚を急襲したこの生々しい光景を消去することは不可能である。あの海の色と、そこでくり広げられていた「イルカ漁の実態」がでっち上げでない限り、「ザ・コーヴ」という映画は、無敵のバリアを手に入れたも同然というわけだ。
加えて、本作が優れているのは、その一連の流れをまるでスパイ映画のような演出で見せ切った点にある。太地町にとっては皮肉以外の何ものでもないが、立ち入り禁止区域におけるほどよい警備の緩さが、撮影クルーが企てるエンターテインメント性あふれるドラマに格好のパスを送ったカタチだ。断片を羅列する小難しい見せ方よりも、平易でスリリングなストーリー仕立てのほうが、観客が感情移入しやすいことを作り手は熟知している。論点のズレた「水銀」のデーターを含めて蛇足もいくつか見受けられるものの、確信犯的にストーリー作りに専念した作り手のしたたかさ(あざとさ?)は見事というよりほかない。
太地町で行われているイルカ漁の是非については、周囲の雑音に惑わされることなく、鑑賞者一人ひとりが思い思いの見解を示せばいいだろう。少なくともこの映画は「日本人でさえほとんど知らなかった事実を白日の下にさらし、問題を提起する」という役割を果たしている。もっとも、戦争映画の映画批評で戦争の是非を語ることが本末転倒であるのと同様に、本作「ザ・コーヴ」の映画批評で太地町におけるイルカ漁の是非を語ることも本末転倒に違いまい。したがって、この場でイルカ漁についての個人的な意見や主張を表明することは控えさせていただく。

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