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映画批評「BIUTIFUL ビューティフル」

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2011.8.21 映画批評
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公開中の「BIUTIFUL ビューティフル」。
監督・原案:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ 脚本:アレハンドロ・ゴンサレス・イニャリトゥ、アルマンド・ボー、ニコラス・ヒアコボーネ 出演:ハビエル・バルデム、マリセル・アルバレス、ハナ・ボウチャイブ、ギレルモ・エストレラ、エドゥアルド・フェルナンデス、ディアリァトゥ・ダフほか 上映時間:148分 配給:2010年スペイン・メキシコ/ファントム・フィルム
負の連鎖を描いた群像作品『バベル』の名匠アレハンドロ・ゴンザレス・イニャリトゥ監督と、アカデミー賞に輝いた『ノーカントリー』で映画史上屈指の悪役シガーを演じたハビエル・バルデムがタッグを組んだ作品につき、少なからず期待(いい意味で、覚悟)をしていたが、結果は、いいほうに裏切られた。「少なからず」という気弱なエクスキューズなど付けずに、「大いに」期待しておけばよかったのだ。おかげで「覚悟」が足りず、ヒドい目にあった。エンドロールが消えてからも、しばらく席を立てないではないか。


スペインのバルセロナに暮らすウスバル(ハビエル・バルデム)は、裏社会で非合法な仕事に手を染めながら、幼いふたりの子供と、躁鬱病の元妻を支えながら暮らしていた。ところがある日、ウスバルは余命2カ月の末期ガンであることを宣告される。ウスバルは、迫り来る死の恐怖と闘いながら、子供たちに何を残せばいいのか、何を残すことができるのか、考えあぐねるが……。
3.11を経験した日本において、この手のヘビーな映画をお勧めしていいものか、迷うところだ。しかし、この映画を観た人であれば、きっと理解してくれるだろう。この作品が、闇雲に人を暗い気持ちにさせるものではなく、「限りある生」を宿命づけられた人間に、その「生き方」を問う真摯な物語であるということを。模範解答は提示されない。気が付けば、難問山積のウスバルに感情移入を余儀なくされ、どうしようもない焦りと葛藤と不安と恐怖を追体験させられるのだ。
主人公に絶望を味わわせること自体は、映画の常套手法である。しかし、ウスバルに襲いかかる受難は、多様にして深刻。あまりに救いようのなものばかりだ。滅び行くわが身を案ずる暇さえなく、社会の下層エリアで仕事と子育てに追われる日々。元妻との関係は悪化の一途をたどり、仕事では「人の生き死に」に関わる悲劇的な事態に見舞われ、プライベートでは救世主に見えた人物の裏切りに合う。夢も希望もない。見渡す限り絶望の淵である。唯一の希望といえば、そうした危機的な状況下で、ウスバルが、一家心中という選択肢を選ばなかったことくらいだろうか。父親たる彼の責任感には目を見張るものがある。
陰影を利かせた映像は、まるでウスバルの心を覆う「陰」と「影」を強調するメターファーのよう。また、何気なくつづられた日常のひとコマひとコマには、ウスバル一家が置かれた、お世辞にも恵まれているとはいい難い生活環境が浮かび上がる。冗長さと説教臭さを徹底的に排除しながら、情景描写と心理描写を丹念に積み重ねて行く演出は、名匠と呼ばれるイニャリトゥ監督ならではの絶妙采配。その心意気に応えるハビエル・バルデムの演技も神懸かり的だ。
針の先の一点にも満たない人生において、さらに「期限」が付けられたときに、人は初めて「生きている」という現実に気づき、この先どう生きるかに意識を向け始める。言うなれば、ウスバルは、私たち人間が例外なく直面しながらも後回しにし続けている「問い」に答えるべく受難を背負った、ある種のスケープゴートのようなものだ。だからこそ、私たちは痛々しくも必死にもがくウスバルの一挙手一投足に敏感に反応してしまうのだろう。この映画の重さに心が押しつぶされそうになったということは、限りある人生を深く見つめている証拠——。そう思う以外に、ただならぬこの胸のざわつきを抑えることはできない。

お気に入り点数:80点/100点満点中

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